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あれ、寒くない。
というか、体が妙に小さくなった感覚に襲われた。
「語るのも面倒じゃから連れてきた」
青年は言葉を失ってしまった。
目線がやけに低い。場所はきっと一緒なのだが、コンクリートに座っていたのに、土になっていた。
分水路の横を走る県道がなかった。その横に立っているはずの家もなく、日の光がよく当たる。それもそのはず、両岸の県道を繋いでいたはずの橋がない。
ああそうか。やはり自分は壊れてしまった。
まさか自分の妄想がここまで現実のごとく、過去と思われる世界を目の前に再現してしまうとは。
この光景は十数年前に見た景色だ。それを目の前に再現したに過ぎない。
「さて、ついてこい」
でっぷりした猫は軽快に土手を登っていく。
「こ、これはいつくらいの時代なんですか?」
「あん?お前たちの時間の考えはいまいちよう分からんから答えられんよ」
なんだか簡単に受け入れてしまった。
四足歩行は意識しなければ簡単だし、猫の考え方が出来てしまっているのか、あそこへ行きたいと思うだけで、極端に斜めな土手であろうと、垂直な壁であろうと、簡単に乗り越えられてしまう。はぁ、なかなかの妄想家だな。青年はそう思うより無かった。
「で、昔話ってなんですか?」
「これがまさに昔話ではないか。昔には変わらぬだろ」
いや、そうなんだが。青年は反論したくもなったが、自分の小さい頃くらいの昔を昔話として良いのだろうか。
「ああ、ここだ」
「ここ?」
古い漁師町なので、全く同じような横板貼りの家並みばかりで、誰の家かなんてほぼ見分けがつかないのだが、この丁目の隅っこの家には間違いなく見覚えはなかった。
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