真夏の偶像

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――ちょうど1週間前。 「……ふぅ、やっと着いた。」 私は大学の夏休みを利用して、卒業研究のフィールドワークを計画した。 都心から列車乗り継ぎ二時間半程の場所にあるこの町は リアス式海岸に面し、内陸は平坦な田畑が並ぶ。 地理的条件を活かしたこの町は農業と漁業を主要産業としている。 そしてその条件こそが、私の研究テーマ 『甲殻生物の海辺から内陸への生態系の変化』に合致し、 この町に昆虫の生態系調査のために遠路はるばるやって来た。 駅を出ると、眼前は見渡す限りの田畑、遠景には林らしい物が なんとか見えるような実に目に優しい風景。 都心では当たり前の光景であるコンビニや飲食店などの商業施設は全くなく、 すぐ正面にはバス停があり、その待合所には先客の老女がベンチに腰掛けていた。 「ひえぇ……。田舎とは思っていたけど、こりゃ想像以上ね。」 まずは、拠点となる宿泊する宿へと向かわなくてはいけない。 正味一ヶ月の宿り、この町に根を張る為の旅道具はいささか大荷物。 私は、よいしょ、と声をかけながら重い荷物を持ち、駅前の短い階段を一段づつ降りる。 そしてバスの待合所へと向かうと、ベンチに座る先客の老女の隣に腰を下ろし、宿へ向かうバスを待つ。
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