8年目+1カ月+3週間

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なぜか目の前の人は動揺していて、 逆に私の方が落ち着きはらっている。 「由布…。あ、そう、あのさ、 今日仕事終わったら会えないか?」 意外な申し出に、すぐ問い返す。 「どうして?」 「あのマンションを引き払ったんだけど、 敷金が昨日、戻ってきてさ。 入居時は2人で出しただろ?半分返すよ。 あ、良ければ一緒に食事しようか」 どんな神経なんだ。 フッた女とご飯たべようって。 彼女いるくせに、元カノを誘うって。 私にも彼氏がいるからと安心してるのか。 もう、そういう対象じゃないんだろうな。 自己完結し、お金を貰うだけならと思い、 …いや、本当は余裕な自分を見せたくて、 気付けば「分かった」と答えていた。 その時ふわふわと自分の髪が視界に入り、 それを耳にかけると、手首につけていた 華奢なブレスレットがスルリと動く。 ああ、美しいなあ。 光に透ける髪も。 手首の細さを強調するブレスレットも。 誰のためでもなく、 自分自身のために装っていることが。 自分で自分を愛しているということが。 堪らなく心を満たしてくれる。 気付けば治人はジッと私を見ていて、 そして、柔らかく微笑んだ。 その本心は分からないけれど、 待ち合わせ場所と時間を決め、 私たちは静かに別れた。
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