紫陽花のなみだ

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 鞠のように丸い紫陽花が咲く、六月。梅雨の時期だというのに、何故か暑い日が続いていた。  緑が生い茂る森の中を、走る少女がいた。雀の尻尾のように一つに結った黒髪が、揺れる。  森の奥深く、そこには廃れた小さな神社があった。少女は、そこに辿り着くと小さな鳥居の柱のそばに座り、寄りかかる。 「ぅう……」  少女の口から小さな嗚咽がもれた。その声を合図に、少女の瞳からは大粒の涙が溢れ出し止まらない。 《どうした》  不意に男の人の声が聞こえ、辺りを見回す。すると、先ほどまで少女だけだと思っていたその場所に、赤い番傘を持った着物姿の男性が立っていた。 《どうして、泣いている》  男性は、番傘を折りたたむと少女のそばに座った。男性の細長く、しなやかな指が、少女の目元の涙を拭おうとするがその指は少女の肌をすり抜けてしまった。 《この身体では涙、ひとつさえ拭えぬ》  男性は、忌々しそうに舌打ちをすると、何が起こっているのか、わからず呆然とする少女を見つめる。  男性の蒼色の瞳が水面のようにゆらり、と揺れた。少女がその瞳をジッと見つめていると男性の唇が少女の目元に降りてきた。唇が少女の目に溜まった雫を拭いさる。  驚いて目を丸くさせる少女に、男性は優しく微笑んだ。 《少女よ、そなたには悲しい顔は、似合わない。そなたが泣きたくなった時は、私が代わりに雨を降らそう》  そう言って、男性は人差し指で、空をさした。不思議なことに、あんなにも晴れていた空は、みるみるうちに曇り、大粒の雨が降り出す。  男性は、赤い番傘を再び開くと、少女が濡れないように番傘の中へと入れた。  立て続けに起こる不思議な出来事に少女は、まるでマジックショー見ているようで暗い気持ちもどこかへといってしまった。今はただ、隣にいる男性のことが気になってしかなかった。 「私の名前は、ゆみ。お兄さんの、お名前は?」 《私の名前は……》
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