序章

3/3
前へ
/3ページ
次へ
「黒猫と不幸と共にその少女はやって来る」 その謳い文句はこの街、〇〇町に伝わる言い伝え……いや、もっと胡散臭い都市伝説みたいなものだ。 この街で、知る者こそ知る伝説。曰く、その少女に出会うと不幸になるというのだ。具体的には、怪我をしたり、大切なものーー例えば、お金がなくなっていたり、そしてもし最悪の場合ーー死ぬ。 そう、そんな物騒な噂があるのだ。故にこの街では黒猫と少女には気を付けろ、というなんとも時代錯誤な風習のようなものが蔓延っている。 全くどいつもこいつも馬鹿馬鹿しいのだ。 そうやって先入観にかられるから、普段しないようなミスを誘発し、そして自ら不幸に陥っているに過ぎないというのに。それを大袈裟に「黒猫と少女を見た」と触れ回るから、街全体へと波及し、また別の被害者を出してしまうのだ。 こういう悪質な風聞は、聞く耳を持たず、右から左へ受け流し、何処ぞへ放流するのがベストなのだ。君子危うきに近寄らず。全くもってその通りだ。自分が君子かどうかなんてのは、この際どうだっていい。そんなもの聞くほうが野暮だ。 だって、自分などという存在は小さくて、小さくて、この地球ーーいや、生物、他の人間から見たら、通りすがりの通行人Fでしかないのだから。この広大な地球で、「我こそ君子」なんて昔の人でも変な宗教を開いた人でもあるまいし、そんなことを平気で本気で宣うほど、私は頭がお花畑ではないつもりだ。 そう、馬鹿馬鹿しい。半ば自分にそう言い聞かせる。高鳴る鼓動を押しつけるように。 ーーーー月明かりから隠れるように。 眼球が、乾く。鼓動は早いのに、思考は、行動は恐ろしく遅くて、夢の中でもがいているかのよう。 ーーーー或いは、闇へと躍り出るように。 「あ、」 思い出したかのように口が動いた。冬の鋭敏な感覚が、唇が戦慄いていることを知らせるが、あいにく私の大脳は眼前の情報処理に精一杯。 ーーーー黒猫は、佇んでいた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加