自殺ブックメーカー

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「疲れた…もうイヤだ…」  ビルの屋上から下を覗きつぶやいた。 「私は悪くない…もう楽になろう」  40階建て地上170メートルからの逆風が、激しく髪を掻き乱す。だが逆に心は平穏だ。 (ここから飛び降りれば死の安らぎが得られる。落ちる途中で気絶するっていうじゃない)  空は青く澄んでいるのに、暗黒の淵から誘う声がする。その声が心の襞をそっと撫でる。 (もう十分に責任を果たしたじゃない。あの子もきっと納得している筈よ)  また甘い声が囁く。高層の風よりも心地良い感触。  頑なだった生存本能の楔を断ち切り、重い足を1歩前に進めて高層に踊った。 「さよなら…私の人生」  耳をつんざく風の音。全身を這うむず痒い快感。重力の腕に掴まり、身体は地面に急降下する。  ところが── 「自殺者の命は地球よりも重いんだぜ」  およそ場違いな声が耳に届いた。  痛いほど瞑っていた瞼をこじ開けると、そこに若い男が立っていた。 (私を迎えに来た天使? でも自殺者は天国に行けない筈よね)  刹那の混乱。一瞬の期待。 「ちょっと邪魔するぜ」  男が短く告げるよりも早く、身体が重力に逆らっていることに気づく。耳を麻痺させていた風とは違う音がする。
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