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次の日の夕方、チャイムが鳴り、玄関を開けると、子猫が立っていた。
「みゃお」
と僕は言った。子猫は「みゃお」と鳴き、それから僕に昨日の礼を述べた。
「まあ、上がりなよ」
僕は子猫を部屋にあげ、ぬるいお茶と鰹節をふるまった。
子猫は一礼して鰹節を一口二口食みこう言った。
「今日はお願いがあってきたのです」
子猫の言葉づかいはまさしく親の物である。
ヘイハチは国語の先生なのである。子猫も親の厳しい教育を受け、優秀なのだと噂に聞く。僕は自身もお茶を飲んで
「まあ、言ってみな」
と言った。子猫は小さな声で
「実は、家賃を払わないでほしいのです」
僕は「はあ」と言った。
もうすでに僕は職を探し始めていた。朝から電話をして一週間の期間限定ではあるが、公民館のペンキ塗りの仕事をもらっていた。
一週間休まず働けば何とか五万四千円稼げる仕事である。
「どうして家賃を払ってほしくないんだ?」
僕は子猫に聞いた。すると子猫は恥ずかしそうに蚊の鳴くような声で言ったのである。
「あの、タヌキが怖いのです」
「タヌキ? ああ、あの信楽焼か」
「そう、如月さんが家賃を払ってしまうとあのタヌキが帰ってきてしまうのです」
「なるほど、あのタヌキに帰ってきて欲しくないんだね?」
と僕は言った。子猫はコクリとうなずき、大きな瞳で僕を見上げた。
日が傾いて、部屋には西日が差している。
子猫がいる位置はふすまの陰になっており、とても暗かった。
「わかった。僕も家賃は出来ることなら払いたくない。これをなんて言うか知ってる?」
僕は聞いた。子猫は首を振った。
「ニャンニャンの関係って言うんだ。交渉成立」
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