0人が本棚に入れています
本棚に追加
遭難した別のパーティを捜索していた山岳救助隊に彼女が発見されたのは、それから40分ほど雪山を歩きとおした後だったと思う。
「遭難者を発見しました。一人です。2人パーティだったようですがもう一人は滑落により死亡した模様。そちらも遺体の回収をお願いします」
山岳救助隊員が無線で報告している。もう一人の隊員はしずかに寄り添い、彼女が歩いてきた方向と、そして彼女を交互に見ながら言った。
「そこについてる足跡はあなたのですよね? 足跡がもうひとり分、多い。あと一人はどこにいるんだ」
「誰もいません」
彼女は力なく云った。
「誰も? このもう一人、後についてる足跡は誰のなんだ?」
しばらく無言だったしずかはふいに口を開いた。疲れきった口調だった。その声は震えていた。
「たぶん、彼なんだと思います」
救助隊員は怪訝な表情を浮かべる。
「彼がずっと私のそばにいてくれました。私を励ましてくれました。生きろっていってくれました。だから私はここにいるんです」
しずかは顔をあげると腕を伸ばし、指先でオレの頬に触れようとした。しかしオレはもう彼女の身体の温もりを感じることができない。
もちろん、しずかの指先に触れるものはなにもない。彼女が指をのばした先にあるものは、厳しく、そして雄大な北アルプスの山々の峰だけだ。
救助隊員も彼女のその行動の真意が分らず不思議そうに見つめている。
この厳しい雪山相手に闘い抜いた彼女ならば、この先も自分でしっかりと歩いていけるだろう。
オレができることはもう、なにもない。
話はここでおわりだ。
オレも、もう、そろそろ行かなくちゃならない……。
最初のコメントを投稿しよう!