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「東雲さん」
パソコンに向かっていると、外回りから帰ってきた樋山くんが声をかけてきた。相変わらずの美声に、何度聞いてもくすぐったい気持ちになってしまう。それに最近ちょっと大人っぽくなったし、益々いい男になった気がする。
「なに? 樋山くん」
「この前東雲さんが商談したS大病院の案件、うちに決めるってさっき連絡が」
「ほんとに!?」
「はい。うまくやりましたね」
やった! ライバルが強豪メーカーだったから、半分諦めていたのに。
「そういえばそこの担当者の方が言っていましたよ。東雲さん、ちょっと雰囲気が優しくなったねって」
「え? そうなの?」
「なにかあったんですか? って聞かれたから、素敵なパートナーができたようですって牽制しておきました」
牽制って、この男はもう……。
しかも得意げににやりと笑っているし。相変わらず独占欲が強いんだから。だいたいそんなことしなくても、逃げたりしないのに。
「はいはい。そういうのいいから」
「相変わらずクールな反応だなぁ、佐和さんは。そこが痺れますけど」
「こら、会社で名前を呼ばないの」
なんて言いながら心の中ではにんまり。やっぱりさっきの発言は撤回。同じオフィスに彼氏がいるのも悪くない。
◇◇◇
努力しないのは嫌いな性分なので、とりあえず練習がてらお菓子を作ることにする。ありとあらゆる材料を買い込み、いざキッチンへ。
「なにから作ろう」
透子に教えてもらった動画サイトを見ながら、ひとり頭を抱える。
トリュフ、ガトーショコラ、ブラウニー……レシピを見たところ、どれも難しそうだ。ほとんど自炊もしない私にはかなりハードルが高い。でも……
「きっと大袈裟なくらい喜ぶんだろうな~」
可愛い顔が緩むのを想像してカァッと顔が熱くなる。
「よし、頑張ろう」
腕を捲り気合を入れると、手当たり次第定番チョコを作った。
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