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そんなことを考えていると、ふと近くに人の気配を感じ見上げる。そこにはバラの花束をもったギャルソンがいて、樋山くんはギャルソンからそれを受け取ると、私に差し出してきた。
周りのお客さんがざわついているのが聞こえる。でも目の前にいる彼は真っ直ぐ私を見ていて、思わず唇を噛んだ。
「俺とずっと一緒にいてください。佐和さん」
花束の中には「my very sweet Valentine」と書いたメッセージカードが入っていた。この言葉、昔読んだ本に書いてあった気がする。確かずいぶん昔から使われているもので、詩の一文だった気がする。
「……ありがとう。こんなにたくさん」
「バレンタインは好きな人に愛を伝える日ですから、これでも足りないくらいです」
綺麗に笑ってあたり前のように言う樋山くんを前に、目頭が熱くなる。まさかこんなサプライズが待っているなんて思いもしなかった。
「知ってます? ロンドンってバレンタイン前は町中が赤に染まって、どこもかしこもハートだらけになるんです。去年はそれを一人で眺めながら、佐和さんに会いたいなー、なんて考えていました」
そう言って自嘲気味に笑っている。
去年は私が意地を張ったせいで、お互い一人で過ごした。今思い出しても胸が苦しくなる。こんな日が来るなんて、あの時は思いもしなかった。
素敵な演出をしてくれて、たくさん想いを伝えてくれて……。私は本当に幸せ者だ。
でも、私は返せるものがない。ここであの歪なチョコをだすのは気が引ける。ううん、そんな勇気ない。
「ごめん、私は……その、なにも用意してなくて」
だからつい嘘をついてしまった。
「いいんですよ。俺は佐和さんに伝えられただけで満足ですから」
そう言われると何も言えなかった。
ちゃんと計画しておくんだった。もっと練習すればよかった。会計を済ませている間も、後悔ばかりが頭の中を占拠していた。
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