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「帰ってくるとき、車で猫轢いちゃったかも」
夜勤明けの父が帰ってきたのは、ちょうど僕の朝食時。
プラスチックの箸を操り、艶やかに光るご飯粒たちin theお茶碗に襲いかかろうとした瞬間だった。
ふと道路で血まみれになり横たわる猫の姿を想像し、腹ペコなのに僕の手はぴたりと止まる。
きっとご飯粒たちは、ふぅ~、と安堵のため息を吐いているだろう。
まあ、もう少しでもれなく僕の奥歯に噛み砕かれるという運命は変わらないけれど。
「17号から県道に入る道路あるじゃん。そこで、すっと俺の車の前を横切る何かが見えて、その瞬間、ガタンって車が上下に揺れて……ああーって。怖くてバックミラー見れなかったよ」
ビル管理士をしている父は、羽織った作業着を脱ぎワイシャツ姿になりながら、そう続けた。
すると、台所にいた母が、
「でもその猫を避けたせいで、あんたが事故ったりするくらいなら、猫なんて轢いたほうがいいよ」と言う。
そして、新たに装ったご飯と味噌汁、焼きシャケon the お盆を持って、食卓へ向かってきた。
それを聞き、「ええ~そんなの可愛そうじゃん」と僕はゲロ顔でつぶやく。
と同時に、その棒切れにつままれたご飯粒の塊は、残酷にも僕の口内に放り込まれた。
「だって聞いた? ダンス教室の山本さん。突然道路に飛び出してきた猫にビビッて急ブレーキかけたら、後ろの車にカマ掘られたって言ってたよ」
「うわ、それは大変だな~」
ほんのりとしたヒトメボレ特有の甘みを口の中で味わっていたら、父は僕の向かい側の席に座り、僕と同じメニューを食べ始めた。
その時である。
食卓の上に置いたスマホが小刻みに振動したのは。
『ねえ会いたいよ。学校に来て、今すぐ来て』
スマホの待ち受け画面上部に文字が映し出される。
「やっべ。行って来ます」
急いで半分のご飯とシャケを口の中でミックスさせ、残り半分のご飯を味噌汁で飲み込んだ。
そして、サドルから尻を浮かし、僕は自転車のペダルを必死に漕いだ。
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