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……コーヒーの匂いを漂わせながら、ヒールの音が響く。マリカが帰ってくる。3月ウサギは、また表情を作った。
「お待たせいたしましたわ。」
トレイをテーブルに置き、コーヒーを手渡される。
「ありがとうございます。……マリカさん、一ついいですか?」
変わらない笑顔で応えるマリカ。結果は変わらないのだから、話くらいいくらでもと考えているのかもしれない。
「俺なんかでいいんですか?……旦那さんがまだ生きていたらって考えたら、ちょっと悔しい。もっと早く出会いたかった。」
一瞬、ほんの一瞬、マリカの目がさ迷う。だが、怪しい笑みにすぐに変わる。
「……きっともう、待っても帰ってきませんわ。だからそんなこと、言わないで。」
3月ウサギの唇に自分の唇を重ねる。
……予想は当たった。あの一瞬だけでよかった。マリカはまだ、旦那を忘れてはいない。会えない淋しさが、彼女を深い闇に落としたのだろう。可哀想な女だと思いながら、彼女の腰に腕を回す。
口説くたびに、それぞれの性格が垣間見える。3月ウサギのやり方。
ベッドの中では、皆素直。だから、自ずとちょっとしたことでわかってしまう。些細な機微の変化を感じることが出来る。
"ゴースト"とは言え、元は人間。しかも情報が確かなら、彼女の行動に嘘がなければ、死んだことに気がついていない。嘘であった場合は、3月ウサギの負けだ。
それに彼女だけではない、エリカとセリカも気がついていない可能性は高い。多感な年頃の娘が、それを理解出来るとは思えない。
更に気掛かりは、やはり長女のことだ。自ら触れていないものに、今更だが、触れたら不味いのではないかと不安になる。
「……さぁ、参りましょう?」
黒い蠢くものを背後にしながら微笑む彼女に、少しばかり、いやかなり気持ち悪く感じた。
しかし、ここで逃げたら、もっと危ない気がする。いや、彼には死んではいても、据え膳を放棄する選択肢はない。残念な性分である。
誘われるまま、彼女の部屋に向かう。
行く手は嫌でもわかる。………部屋の隙間からも、同じものがうっすら漏れだしているのだから。
━━彼の脳内はどうやって時間稼ぎをするか、そればかりが駆け巡っていた━━
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