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その日から、俺の暗闇の中の生活が始まった。
瞼ごしに伝わる微かな光で、昼と夜を判別する。往診に来る先生や三食届ける看護士の気配で大体の時間は分かる。
時々ふらりとやってきた会社の仲間達には、“災難だったな”と慰められた。
パタンとドアの開く音に、そちらに顔を向ける。
「パパー、来たよー」
元気な声とともに、駆けてくる足音。
そして、加わる重みに苦笑して抱き抱える。
「育美か?」
長女の育美はその名の通り元気な子に育っていたが、末っ子のせいか少し女の子にしてはお転婆すぎる所がある。
「うん、あのね。いくみね。パパきょうホウタイとれるから、みんなでおみまいきたー」
早いもので入院して一週間経つ。…今日が待望の包帯が外れる日だった。
暗闇の中で生活していた俺にとっては、一週間ぶりに家族の顔が見れる日だ。
きゃっきゃと話す彼女の背後でドアが開く音がして、近づいて来る足音がした。
「…もー。育美。父さんは病人なんだから乗りかかっちゃダメだろ」
「……紘武(ひろむ)か?」
…長男の紘武は仕事で俺が家を空けすぎるせいか、しっかりした落ち着きのある子供に育っていた。
「うん、母さんは後から来るって」
その声とともに重みが無くなり、育美が紘武に抱き上げられたのが分かった。
「…学校の方はどうだ?」
「うん、テスト終わったんだ。多分、上手く出来たと思う」
見えないだけでなんら変わらない、軽く弾んだ息子の声に少し顔を上げる。
「…そうか。結果が返ってきたら父さんにも見せてくれ」
「いいよ。父さんに一番先に見せるね」
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