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「もう、疲れたの」 ふわりと香る、シェリー酒を舐める彼女はぽつりとそんな言葉を零した。 吐露したその言葉が、きっと彼女の本音なのだろうと私は、黙ってその言葉を聞いていた。 お酒の進んだ先に、待ち構えていたのは彼女の失恋の話なのは大方想像はついていたから、少し頬の赤い彼女の、とろんとした目を眺める、うっすらと涙の浮かんだその目はキラキラと照明を吸い込んで、まるで宝石のようだ。 「私は、あの人じゃなきゃ、ダメだったのに。あの人にとって私は、別に私じゃなくてもよかったみたい」 うつむいたまま、くぐもった声はどこか固い。一口舐めたバーボンは苦く、まさしく今の私気持ちを表しているようで苦虫を噛む。 きっとそんな私の様子さえ、彼女は伺う余裕はないのだろう。 「それで、どうして別れたわけ?」 私がそう問いかければ、苛立ったように彼女は煙草に火をつける、7ミリの紫煙が橙色の照明の中に消えていく様をじっくり見届けていると、ようやく落ち着いた様子で彼女は重く口火を切った。 「浮気、されたんだよね。それも、疑いとかじゃなくて、ガッツリ現場を見ちゃったわけ」 元々気が強く、曲がったことが嫌いな彼女の事だ、きっと怒り散らした挙句、そのまま別れ話にもつれこんだに違いない、火を見るよりも明らかな想像に、彼女に隠れてため息を零した。 「いつも寝る前に、電話してさ。それで、その日あったことをお互い話して、すごく楽しかった。毎日毎日、くだらないことを報告したり、悲しい事があればいつも励ましてくれたりして、幸せだった、それなのに」 薬指に光っていたはずの、ピンクゴールドの約束は今はなく、うっすら日焼けで白んだそのラインがどこか白々しい。彼女はきっと、この先何十年先もその痕をたくさんの指輪で隠していくのだろう、それだけ彼女にとっては大切な人だったことを私がよく知っている。
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