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そんな俺の声を疎ましく思ったのか、睨むように振り向く。
そのまま鳴き声すら発さず、前を向きなおし歩き進む。
「ブッチャー」
いきなり目の前の太ったブチ猫はそう呼ばれる。そう呼びかけた若い女が小走りで駆け寄り、太ったブチ猫を撫で始めた。
俺はその光景を見て思わずその女に話しかけてしまう。
「その猫ブッチャーて名前なの?」
「え?」
怪訝そうに俺を見る若い女。しかし一呼吸して答えてくれた。
「さぁー。私が勝手にそう呼んでるだけだよ。それがどうかしたの?」
「いや・・俺もブッチャーて呼んでるから・・・思わず・・」
それを聞いた若い女は一瞬行動が停止して。そして唐突に体を震わせて笑い始める。
「ククッ・・何それ。もしかしてブチ猫で太ってるから?」
「そう。ブチ猫で太ってるから・・」
それを聞いた彼女はさらに笑い声を大きくする。
今更ながらそれは安易な名前だったのだろう。見た目のイメージでつけた名前が他人と同じであってもそれほど不思議ではないように思えてきた。
ひとしきり撫でられたブッチャーはまた自分のペースで歩き始めた。
それに俺は自然と付いていく。そしてなぜか彼女も同じように付いて来る。
彼女は二十歳前後だろうか・・ショートカットで小柄でスポーティーな格好をしている。俺の理想の女性の真逆のタイプである。ちなみに俺の理想は、長身で色白、黒髪のロングヘアーが好みだ。間違ってもこの子を好きになることはないだろう。
ブッチャーは裏路地の狭い道を進む。しばらくトコトコとマイペースで進んでいたが唐突に止まる。それは赤い屋根の古風な家の前である。その家の勝手口脇の階段の前で座り込む。それを見て女が独り言か、俺に話しかけてきたのか喋り始める。
「ここでいつも止まるのよ。何かを待ってるみたい」
その発言が少し気になったので聞いてみた。
「いつもって。いつもブッチャーに付いて行ってるのかい?」
「暇な時だけだよ。今日は久しぶりに雨が上がって嬉しかったから」
そうか・・この場でイレギュラーなのは俺だけ見たいだな。
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