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流れゆく光景をぼんやり見ていた私は――。
振り返った。
「ねえ。どうしてくれるのよ。電車、行っちゃったじゃない」
私の手首を掴む彼の手によって引き留められ、結局、電車に乗ることは叶わなかった。
「電車に乗りたいなら行けば良かっただろ」
「あなたが腕を掴んでいたんじゃない」
「引き留めてほしそうな顔してたから」
「うっ!?」
にっと笑う彼に反論できなかった。でも、負けるだろうけど応酬してみる。
「あら、あなたこそ。初恋は実らないものよ」
「一度は破れたんだから、問題な――って勘違いするな、お前の事じゃないから!」
「え? ほ、本気でした?」
「……っ」
照れを隠すように少し目を伏せて、視線を逸らす彼の姿に可愛らしさを感じるのは気のせいかな。――うん、多分気のせいね!
「とにかくもう行ったから仕方ないわ。引き留めた以上、責任取ってよね」
「……なるほど。分かった。責任取って付き合おう」
「ん? うん。そこまで真剣に構えなくても」
私は小首を傾げて頷く。そして再びベンチに戻ろうと誘うと、彼はまあ確かにこれからだなと呟いた。
「さてと、それでは改めまして」
こほんと一つ咳払いし、真剣な瞳を向ける。
「……結局、あなたの名前って何だっけ?」
「はあ!? お前なぁ……」
彼は頭が痛そうに柳眉をひそませた。
「ど忘れしちゃって。よくある事よね、うん」
「こっちは下の名前まで覚えているって言うのに」
「ごめんごめん。で、結局『君の名は』?」
にっと笑う私に対して、少し白けた表情を浮かべてみせる彼。
「本当に仕方ないな。俺の名は――」
「あ! 待って待って!」
私は手の平を見せて彼の言葉を押しとどめる。
「何だよ」
「やっぱり自力で思い出そうと思って。――では、早速。秋本君?」
「違う」
「石崎君?」
「違う」
「内田君?」
「……わざと外してないか?」
「ううん。割と本気」
彼はがくりと肩を落とす。
「せめて次の快速列車が来るまでには思い出してくれよ」
「頑張りマース」
「……ちなみにア行じゃないから」
「えぇっ!? それを先に言って! じゃあ、次はカ行ね」
先は長そうだなと笑う彼の一方、次の電車が来るまでに思い出せなかったら、またもう一本付き合ってくれるのかなと考えると久々にわくわくした気持ちになった私だった。
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