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今日は後輩のミスで職場は大忙しだった。
その後輩と言えば、若さと可愛らしさを発揮して瞳を潤ませるとあっさり許され、そしてその分、私にお鉢が回ってきた。
……ええ。そうですね。全て私の責任ですよねー。
私は仕事帰りの電車に揺られ、扉の窓から夜のとばりが下りた町を眺めながら、心の中でこっそりため息を吐く。
疲れた……もうイヤだ……。
家と職場との往復のみで代わり映えのない日常も。後輩の尻ぬぐいや上司からの嫌味も。結婚した友人からの幸せメールも。……何よりもこんな事を考える自分が。
ほんの少しのスパイスでいい。存在すればこんな日も、明日からの平坦な毎日も活気を取り戻せると思うのに。
電車の中に次の到着駅を知らせるアナウンスが流れる。もうすぐ到着するらしい。
私は扉の端に身を寄せていると、誰か見知った人物を見つけたようで、あれという男性の低い声が頭の上に降ってきた。
「もしかして」
最初、それが自分に言われているとは思わなかったが、視線を感じて目を上げた。
「やっぱり。随分とお久しぶりだね」
ヒールを履いて身長がさらに高くなっている私がなお見上げる相手だ。180cm以上はあるのだろう。鼻筋がすっと通り、甘くも爽やかな顔立ちの男性がそこにいた。
うん、えーっと、誰だっけ? ……ただひとつだけ言える。私の人生にこんなイケメンの存在は、か・い・む。皆無!
戸惑いのまま何か言葉を返そうとした丁度その時。
「あ、俺、ここで降りるんだ」
電車が駅に到着し、扉が開くと彼はそう言った。
あ、そうですか。ほんのちょっとのハプニングで面白かったけど、人違いだと思うし、良かった。さようならーと思っていると不意に腕を掴まれて目を丸くしている内に、一緒にその駅へと降ろされる。
あまりの突然の出来事で呆気に取られていると、無情にも目の前で電車の扉は閉められ、瞬く間に発車した。
「あ……」
思わず呟くと彼は申し訳なさそうに頭を下げるのが視界の端に映った。
「この機会を逃したら次いつ会えるか分からないと思って、強引な真似をしてごめんね」
先回りして謝罪されて、怒るにも怒れなくなってしまう。
「次の快速列車が来るまで、椅子に座って少し話に付き合ってくれるかな」
「あの」
多分、知らない人です。
そう言おうとする前に彼は歩き出した。
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