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いえいえ待って。違う佐藤さんと勘違いしているのかもしれない。何せ、私の名字は全国名字ランキング、ナンバーワンの名前なのだから。たまたま口に出しただけかもしれない。それに世の中には自分と同じような顔の人間が三人もいるという。
……うん、現実逃避というのは分かっています。
「どうしたの?」
にっこり笑みを浮かべる彼の顔を真っ直ぐ見られなくて、おどおどと視線を逸らす。
「あ、ご、ごめん。よく聞こえなかったの。何て言ったの?」
「こんな風に町で偶然に長らく会っていない同級生と会ったんだけど、佐藤さん、そういうのあった? って」
確実に今、名前言いましたね……。
「ううん、さ、最近はないかな」
「そっか。……あ。そう言えば佐藤さん、『Aコーポレーション』って知っている?」
Aコーポレーションですって!? 知っているも何も、それはかの有名なマルチ商法会社ではないですか!
最近はネットワークビジネスなどと名前をお洒落に変えているけれど、ようは知人、友人に商品を紹介して購入してもらい、そのキックバックをもらうという、古くは『ネズミ講』とも呼ばれる商法だ。
なるほど、目の前の彼はマルチ勧誘員だったのか! 最近は勧誘員としてイケメンを使うようになったのね。あざといな。
しかし、マルチ商法って本当に友達をなくすよね。あ、だからか。敢えて長らく会っていない、親しくもない人間を勧誘しようと。
うわっ、最低! この男、最低ー! 顔良くても、さいってー!
……なんて、のんきに考えている場合じゃなかったわ。どうしよう。
マルチ商法と言えば、その会社について知らないと答えれば、教えてあげると延々拘束され、知っていて胡散臭い会社だよねとなどと答えれば、良く知らないのね、教えてあげるとこれまた延々と拘束されて説明される。
つまり、どちらを選んでもバッドエンドになるという、学校の怪談的に理不尽な選択肢しか用意されていない勧誘手口なのだという。
人によっては、何時間も拘束されたと聞くし。どうやって断ろう。
秋口で暑くはないのに、嫌な汗がだらだら流れてくる気がする。
「佐藤さん?」
小首を傾げて、まるで純粋そうに尋ねてくるあなたが今、超憎いです! ええ、イケメンでも許すまじ! むしろイケメン、滅べ!
「え、えっとね」
私はこくりと息を呑んだ。
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