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「そもそも俺に嫌いだって言ったお前が悪いんだろ」
「言葉は悪かったけど、それもあなたが突っかかって来たからでしょう」
「それは若気の至りってやつで……」
「だったら多感期の少女があら男子って子供ね、うふふと大人な対応できたと思う?」
「っ! それもそう……か。――悪かった」
すっかり言い負けたようで彼は項垂れた。急速にしぼむ彼に罪悪感が生まれる。
ま、まあ、そう素直に謝るなら、こちらも許す事はやぶさかではないよ、うん。
「私もその、傷つけたみたいでごめんなさい……今も、昔も」
私が謝ると彼は顔を上げ、心からの笑顔を見せた。私も釣られて笑みになる。そして彼が何かを言おうとしたその時。
『二番線に列車が到着致します。白線の内側にてお待ち下さい』
快速列車の到着を知らせるアナウンスが流れた。
ああ、これで終わりか。
先程と違ってそんな感情が湧いてきた。けれど和解したからと言って、彼も過去の汚点である女と電車をもう一本付き合う気はないでしょう。
「電車が来るみたい」
「ああ」
今度は彼から引き留める言葉はない。私は何を期待していたのかな。
思わず心の中で苦笑してしまう。
「じゃあ、そろそろ行くわね」
「引き留めて悪かった」
「いいえ。案外楽しかったわよ」
「俺も。お前が変わらなくて良かったと思った。……色々複雑だけど」
「なあに? 私に惚れちゃった? 単純ね」
冗談っぽく笑ってみると、彼は肩をすくめた。
「今の俺に対して随分強気な発言だな」
「ですねー」
そんなに簡単に恋が始まる世の中じゃないって事で。
「……でも。お前に今日ここで会えて良かった」
あら、素直。だから私も素直には素直を返してみる。
「私もよ。今日ここであなたに会えて良かったと思っている」
ささくれ立っていた自分の心が穏やかになった気がした。
「ありがとう」
敢えて連絡先は聞かず、立ち去ろう。彼もまた同じ気持ちなのだろう。ただ頷いた。
電車が到着すると扉が開き、目を半ば伏せた暗い表情の人たちが出てくる。
きっとさっきまでは私もあんな表情だったんだろうな。
「……じゃあ、またいつかどこかで」
「ああ、気を付けて」
不確かな約束は決して果たされる事はない。それが分かっているから。
私は少しの切なさを抱きながら笑みを送ると、発車の合図のベルに従って足を前へと進ませた。
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