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天井にはブルーシートが張り巡らされており、雨漏りを受け止め一定のリズムを刻んでいる。決して雨が降ることがない地下空間だが、排気口の真下にあるこの建物には、そこから常に水が垂れてきているのだった。
弾力がなくなったベッドには誰もおらず、流しには汚れた食器が積み重なっている。彼はカバンを置き、ポケットからわずかに残った米を取り出す。たった一食分にしかならない程度の米を底が見えるほど少なくなった密閉パックの中に流し込んだ。
彼はため息をつき、所々欠けている食器を洗い始める。冷たい水が手に染み入る。雨漏りのリズムを聞きながら洗っていると、後ろから近づく足音が聞こえてきた。とても弱々しいそれは、何かに躓き倒れこんだ。彼は水を止め振り返ると、やせ細った一人の少女が起き上がろうとしていた。
「由依、座ってて。俺がやるから」
彼女は手探りで彼の両肩に触れる。彼はそっとその手を掴んだ。
「なんだか、血の匂いがする」
とても細く、骨ばった手を彼は握る。痛んだ黒髪はとても長く、腰にまで届いている。彼女の瞳は茶色いものの焦点が定まらず、その目は光を見ていなかった。
「血?」
ようやく彼は左肘に痛みを感じた。
「さっきドアが壊れてさ。転んだんだよ。その時に擦りむいたのかも」
彼は彼女をベッドに座らせ、痛む箇所を明かりに照らす。貧相な救急道具を用意していたものの、親指ほどの大きさの痣が浮かび上がるだけだった。
「ごめんね。本当は私も働けたらいいのだけど……」
「由依はいいよ。目が見えないんだし」
床に置かれ、壁に立てかけられた前時代の振り子時計が九度、時刻を告げた。古いその音は排気口からの騒音に混じり、直ぐに消えてしまう。
「それにさ。由依でもまだ中学生だろ? 法律が許してくれないよ」
「でも、あなたは私よりも年下だもの。頼りっぱなしっていうのもね」
ほんの少量の米をとぎ、鍋で湯を沸かし始める。元々倉庫だったものを改造して住み着いているため、水道は飲料に向いていないだろう。それでもどうにかする金も無ければ、他に行く当てもなく、我慢するしかなかった。
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