0人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日学校でさ。このプラントの歴史を勉強したんだけどさ。万人の最大幸福のためにシステムが全部を管理して、法律も作ってるんだってさ」
鍋が沸き、音を立て始める。米と同様に残り少ない野菜を汚れた段ボールから取り出し、刃こぼれした包丁で手際よく切っていく。
「でもさ。俺たちはこれで幸せか? システムが作った法律のせいで雇ってくれる場所がないんだけど」
彼の足元のカバンが倒れる。中に入っていた重たい端末が鈍い音を上げ、閉まらない口からボロボロに傷ついたプラスチックのそれが零れ出た。
「そもそも15歳まで義務教育ってなんだよな。こっちは金もないのに無理やり学校に行かされてさ。授業でてる時間働いて金稼ぎたいよ。それか学校行ったら給料出してくれてもいいのにな」
倒れたカバンをそのままに、彼はほんの少しだけ味噌を取り出し溶かし込む。
技術力の発展と共にそれまで発行されてきたあらゆる紙媒体の全てが電子化されており、教科書もその例外ではなかった。彼の教科書は捨てられていた古い端末を拾ってきたものであり、以前の持ち主の扱いが杜撰だったのか、初めからボロボロになっていた。
「システムはシステムできっと私たちの事を考えていてくれてると思うな。お金はもらえないけどね」
鍋の火を止め、洗ったばかりのお椀に注ぐ。透明な液体は粗末な野菜を中に漂わせ、湯気を上げている。朝のうちに用意したごはんと共に、ベッド傍の低くて小さなテーブルに運ぶ。そして由依の手を取りテーブルの前に座らせると、いつものようにラジオの電源を入れた。
『皆さんの周りに潜む危険、見て見ぬふりをしていませんか? その行為が大きな悲劇につながる可能性があります。少しでもおかしいと感じたら、ぜひ私たちにご連絡ください。システムは常にあなたを見ています。安全管理機構』
ちょうど流れたCMはノイズにまみれて聞き取りにくい。コンクリート作りのこの建物の中ではいつ点けても、どうしてもノイズが入ってしまう。天井からブルーシートに落ちる水滴の音が室内に響いてくる。彼が箸でごはんを取り由依の口元に運びかけた時、不意に彼女はつぶやいた。
「水が、どんどん早くなってきてる」
最初のコメントを投稿しよう!