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「こいつは長時間の潜入で自己修復用のエネルギーが切れている。だがエネルギーは有機物なら何でもいいらしい。つまり試したことはないが人間でも動くという事だ」
彼に彼女の声は届いていなかった。彼は彼自身の目を疑い、どうしてもこれが現実のものとは思いたくはない光景がそこにあったのだ。
おぞましいほどに開く巨大な口が、彼を待っている。
異常なまでの悪臭はその醜い歯のない口からの腐臭と混ざり、喉元まで胃液がこみあげてくる。彼は無理やりそれを腹に押しとどめる。彼女は強引にその口の中に放り込もうとした時、由依が叫んだ。
「待って! わたしが……目の見えない私が行くから、その子は離して!」
おぼつかない足取りで立ち上がり、手錠をかけられた手で周囲を探りながら二人がいない、ずれた方向へと進んでいく。彼女はため息をつくと彼を放り出し、逃げられないように掴み強引に引き上げた。
縁に立たされ、由依はようやくおぞましい何かの存在に感づいた。強烈な臭いが鼻をつき、何とも言い難い存在がそこにある。由依はその場で座り込みそうになった。だが彼女がそれを許さない。異様な口の傍で両手を使い、彼に背を向けたまま強引に由依を立たせている。
赤い凶星が照らし上げたとき、彼は立ち上がり彼女に全身でぶつかった。バランスを崩し、食料を待つ口へと倒れこんでいく。彼女は空中で咄嗟に体を捻り、由依の服を掴む。突然のことに由依は一切抵抗できずに、彼女と共に口の中へと落ちていく。彼は慌てて由依に手を伸ばす。だがその手は空を掴み、彼の体は閉じた口の上へと転がり込んだ。
筋肉の塊のように激しく動きながら、生物が咀嚼するように塊は身をよがらせ続ける。彼はその口を蹴り、叩き、殴り開かせようとする。精一杯の力を振り絞り、大きな石を何度もぶつける。しかし由依達を食べた口は開かず、代わりに別の穴が開いた。
そこは非常に暗く、肉々しくも菌類じみたもので形成された椅子が一つあるだけだった。ここは彼女が出てきた場所でもあり、彼はここに入れば由依を助け出せるかもしれないと感じたのだった。
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