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ためらわずに飛び込む。内部も悪臭が立ち込めているが、無理やり吐き気を抑え込んだ。肉の塊でできているような椅子に座ると飛び込んだ穴は閉じ、完全な暗闇に包まれる。そしていくつもの生暖かい触手の先端が彼の体と同化し、椅子とを結びつけた。引き寄せられ後頭部が椅子に触れる。伸びた触手は包み込むように頭を包み、鼻と口を残して顔も覆われた。脳と脊椎の神経が、触手と接続されていく。手錠が付いたままの両手は脳を読み取ったことで認識したのか、触手が鎖を引きちぎった。そのまま両手を包み込むと、それぞれの肘置きと同化していく。
ふと彼は、うつぶせに倒れていることに気が付いた。起き上がると、どう見ても普段よりも視点が高すぎる。決して届くはずがない倉庫の天井に、座っているだけでも頭が届きそうだ。
彼は自分の姿を見下ろすのが怖くなった。常日頃から敵と認識し、親を殺され殺意と憎悪を向け続けてきたものに、今の彼はなっている。そう理解しているからこそ、見下ろすのが怖かったのだ。
かといって手をこまねいている暇はない。鎧へと手を伸ばしかけた時だった。極めて騒々しいローター音と共に、太陽を感じさせるほど白く強い光が彼を照らし上げた。光を手で遮る。三枚羽をもつヘリコプターが、上空を何機も飛び回っている。黒いその機体の側面には白い文字で、安全管理機構と書かれていた。 彼は立ち上がる。神に救いを求める信者のように、その光に向かって手を差し出す。安全管理機構なら、彼自身も由依のも救ってくれると思ったからだった。敵意はない。少なくとも彼はそうだった。しかし本当に敵意がないのかどうかは、本人にしか知る由もない。
三枚羽は伸ばした手から驚くほどの速さで離れる。そして機体下部の銃口が動き、その腕へと一本のワイヤーを射出した。先端に付けられたアンカーは鎧に食いこみ、驚くほどの力でその腕を拘束する。振りほどこうと左手を伸ばした時、別の三枚羽のワイヤーがそれに突き刺さった。
引きちぎれそうなほど強い力で、両腕をそれぞれ離すように持ち上げていく。驚くほどの力を持つそれらは、わずか二機で巨体の足を地面から引き離した。少しずつ離れていく地面と痛みに恐怖し、足を思わずばたつかせる。重たい足が、彼の住んでいた倉庫を崩壊させる。さらに二機の三枚羽が回り込み、両側面に備えた機銃を全身に浴びせかけた。
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