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幼い頃から漠然と志望していた大学に合格した僕は、文学好きが高じて文芸部に所属した。この大学の文芸部は世間一般の文芸部よろしく、月に数度の読書会と、同人誌の製作を活動の中心にしている。
文芸部と言っても、僕と玉木先輩と、幽霊部員が数人だけのとても小さな集団だ。もともと地方の県境という立地ゆえに生徒数もさほど多くなく、ましてや文学斜陽のこの時代に、文芸部になんて加入する好事家ほとんどいない。 けれども僕は、何もそこまで文学に熱い思いを持っているという訳ではない。大学入学当初には、「苦しい受験も終えたのだから何か軽いサークルに」くらいの気持ちだったから、文芸部に入るだなんて全く考えていなかった。テニスサークルにでも入って、大学生活を謳歌しよう。そんな風に考えていた矢先に、僕は文芸部に、いや、玉木先輩に出会った。
「文学に、興味ありませんか?」
背後から不意に、声がかかった。
新歓活動のさなか、鮮やかな茶色に髪を彩り、ばっちりと化粧を施した今時の女の先輩たちからの勧誘を楽しんでいた僕は、左右のバラ色ハレーションに幸せな皮算用をしていたときだった。
振り返ると、東風に揺られる短めの黒髪を片手で押さえた小柄な女性が、「文芸部」とゴシック体ででかでかと書かれたチラシを差し出していた。
「小説、よく読みますか?」
目に入らんとする黒髪に必死で抵抗するように、彼女はそっと片目をつむった。決して意図的ではなかったのだろうが、その仕草が妙にいたずらっぽくて、僕は心臓がどきんと跳ねたのを感じた。
「私ね、明治初期の作家が好きなの。二葉亭四迷とか、夏目漱石とか、泉鏡花とか。あなたは好きな作家とか、いたりする?」
綺麗だ、と僕は思った。
答えるべき作家の名なんて山ほどあったはずなのに、僕は適当な一人でさえも口にすることは叶わずに、ただ温かな瞳を見つめてその場に立ち尽くしていた。
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