第7章 それぞれの転機

8/15
233人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
「よっ……と。」 駅前コインロッカー。 女子高生ふたりが、若い男の目の前で、コインロッカーから大きなバッグを2つ、引きずり出す。 何も知らない人が見ると、何かいかがわしい事件の臭いがする光景でもある。 「……どんだけでかいんだよ……たかだか一晩で。」 1泊するには大きすぎる、二人の荷物。 「えー?着替えとか、化粧品とか……いろいろあるのよ!」 「冬、ですからね。私服はどうしても多くなっちゃいます……」 女子にはそれぞれ事情があるのだろう。 響はその二つの大きなバッグを両肩に担ぐと、 「ふたりで食材は持ってくれ」 と、持っていた2つの買い物袋をそれぞれ渡す。 「着替えくらい、自分達で持っていきますけど……」 「そうですよー!私達の着替えなんだからー!」 バッグの方が重く、大きい。 奏とうたは、申し訳なさそうに響に言うが、 「……バッグのが、重いだろう?」 響のその自然な振る舞いに、大人の余裕を感じてしまう。 一瞬、奏とうたの時間が止まる。 「あ……なんかすいません……お願いいたします……」 もじもじしながらバッグを差し出すうた。 対称的に無言でぐいっ……とバッグを響に押し付け、そのまま数歩先へと走る奏。 「反則だわ……あのイケメン、サラッと普通に優しい言葉かけてきやがったぜ……あれはヤバい……」 響もうたも聞こえないほど距離を取り、そう呟く奏。 響の振る舞いに、見事撃ち抜かれてしまったようだ。 ―――――― 駅前から徒歩10分。 立派な、黒い外壁の洒落た建物が見えてきた。 「奏の屋敷よりは小さいけどな。まぉ、独り暮らしには最適だ。」 響はカードキーで門を開けると、同じキーで入口の扉の鍵を開ける。 玄関はそれほど広くはなかったが、少し進むと、広く綺麗に片付けられたリビングに出た。 招かれるままリビングに入った奏とうたは、その部屋の様子にため息を漏らす。 「キレイな部屋……」 「なんか、大人って感じ……」 ボーッと周りを見回すふたりに、 「とりあえず座れ。茶でも出す。」 と、声をかける。 客人などしばらく来ていないが、もてなし方なら良く知っている。 響が幼い頃、両親のもとにはいつも音楽関係者が訪ねてきていたから。 しかし、奏とうたは座らずに、買い物袋をごそごそと探り始めた。 「あ、大丈夫です。もうお鍋、作っちゃいますね♪」 「私、ジュース飲みたーい!響さん、冷蔵庫どこですかー?」 それぞれ、リビングに併設されたキッチンに向かう奏とうた。 家主の響は、二人の問いに答えながらも、何かをしなければとリビングを歩き回る。 「コーラとお茶が入ってる。好きなものを飲め。じゃぁ、俺は……」 「「座っててください!」」 あれこれ動こうとする響を、奏とうた二人が制した。 せっかくお邪魔するのだから、料理は自分たちで作ってあげよう。 そう、奏とうたは話し合っていたのだ。 二人の勢いに押され、響は冷蔵庫からビールを一本出すと、リビングに戻ってテレビをつけた。 「……自分の家なのに、なんかやりづらいな……」 などと呟きながら。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!