239人が本棚に入れています
本棚に追加
「響さん……フツーに弾いてるんですけど……」
二宮邸のリビングに特設されたスクリーン。
映画館さながらのセットで、奏とうたは世界一の交響楽団の演奏を聴いていた。
そして、憧れの人の演奏を、聴いていた。
「俺は、ドイツへ行く。世界一の楽団のオーディションを受けて、世界のレベルを目指す。それが、今の俺の、夢への近道だと思ってる。」
3人の、最後の夜。
ふたりにそう告げた響。
本当は、止めたかった。
憧れの人が、遠く海外へと行ってしまうのだから。
しかし、ふたりは止めなかった。
「響さんが、夢を叶えるなら……私は待つよ。」
「私たちは、貴方に近づくために、日本で頑張ります。」
同じ音楽を続けていれば……また、会える。
そう、信じていたから。
「大きくなったら、必ず会いに来る。今度は、お前たちの背中、押しに来るから。」
あのときの、響の爽やかな笑顔が、いとおしく……
ふたり同時に、響を抱き締めた。
困った響の顔が、印象的だった。
そんな響が、世界一の交響楽団で、弾いている。
「奏ちゃん、あの人、世界一の指揮者でしょ?」
スクリーン越しでも分かる。
響のピアノは、世界一の交響楽団においても、輝いていた。
「マティウス……世界一の指揮者。響さん……そのマティウスさんと、張り合ってるよ……」
奏の顔が真っ赤になっていた。
響に対する想いからか、世界一の指揮者と張り合っている、その驚きによる興奮か……
「響さん……追いついたと思ったのに、あっという間に、離れてっちゃった……」
奏の目に、涙が溜まっていく。うたは、そんな奏の肩を優しく抱いて言う。
「いいじゃない、好きな人がこれだけ凄い人って、夢みたい!……響さん……いつも私たちを導いてくれるね……」
奏は、うんうんと、何度も頷くと……
「でも、寂しい……ドイツは遠いよ……会いたいよ……」
我慢していた涙がこぼれた。
うたも、つられて涙ぐむ。
「うん……うん! いつか、会いに行こうよ。大きくなった私たち、見せてあげよ?」
画面の響に向かって、そう囁いた。
約一時間。
奏とうたは、ドイツの観客たちは、世界一の楽団員達が……
響のピアノに引き込まれ、魅了されていった。
世界一の指揮者、マティウスも、すっかり響とのやり取りを楽しんでいた。
演奏が終わろうとしている。
響のピアノが、最後の見せ場を迎える……。
最初のコメントを投稿しよう!