239人が本棚に入れています
本棚に追加
「さぁ……キョウ、フィナーレだ。」
汗にまみれた指揮者マティウスが、疲労にむち打ちタクトを振るう。
「みんな、キョウに負けてはいられないだろう?」
響のピアノに呑まれがちだった楽団員たちを煽るように、右手を振る。
そして、今日いちばんの盛り上がりを見せる、ドイツ交響楽団。
一人ひとりが世界のトップレベルの演奏者。マティウスの指揮に鼓舞され、盛り上がる。
今度は、その波に響が圧される。
(まったく……これだから……。)
響の両手がうねるように動く、跳ねる、唄う。
(ここは、楽しい!)
一流の流れの中で、天才はその雰囲気を楽しみ……
(俺の演奏は……今日は誰かの心に届いたか?誰かに幸せを与えたか?……もしまだなら……。)
響の額を、頬を汗がつたう。そんなことは構わず、ラストの部分に神経を集中させる。
(……これからだ!)
マティウスの左手が上がり……勢いよく振り下ろされる。
ラストの部分は、ピアノソロ。
響の両手が、最後の見せ場を迎える。
激しさを増す旋律。それはまるで、消える前の炎のように熱く、観客の心に火を点けていき……
徐々に優しく、静かになっていく旋律は、そんな火を優しく包み、消していき……
穏やかな水のように、今度は観客の心に潤いを与える。
(聴く人の心を彩るか……キョウ、君はやはり天才だよ。君が来てくれて、良かった……。)
マティウスが、感慨深そうに響を見る。
「世界的な名声など、俺にはどうでも良い。俺の夢に近づくには、ここは最高の環境なんだ。」
響が初めて自分のもとへ来たときの事を思い出した。
(キョウ……君の夢は、近づく度に名声を生むのだよ。これが、証拠だ。)
演奏が終わり、マティウスが両手を広げる。楽団員一同、揃って立ち上がると……
響が今まで聞いたこと無い歓声が、会場に響いた。
一同総立ち。
座っている者は、スタッフを含めひとりも居なかった。
響はひとり、日本人らしく深々と頭を下げる。
そんな響に向けて、盛大な歓声。
マティウスは、響に歩み寄ると、固く、力強い握手を交わす。
「共に、夢に向かって歩いていこう、キョウ。」
「……ありがとう。貴方に会えて、本当に嬉しい。」
響のもとへ、楽団員たちも集まってくる。
わずか1度のステージで、響のピアノは世界一の交響楽団の心を掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!