第7章 それぞれの転機

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「……時間か。」 とりあえず響は、音楽教室のバイトへ向かうことにした。 教室の先生方は、 「麻生先生が、来れるときにで良いですよ。あなたはあくまで、自身の活動を優先して下さい。」 と、響を厚遇してくれていた。しかし、いまの響には、ピアノの練習より、散歩より、音楽教室の講師でいることがいちばん気が楽な気がした。 「おはようございます。」 職員室の扉を開けると、 「麻生先生、今日は大丈夫なんですか?」 と学長が問う。 「ええ。ちょっと気分を変えたくて……なんか勝手で申し訳ないです。」 今日は苦笑いして頭を下げるが、学長と講師たちは、ありがたいと笑顔で迎えてくれた。 この日、たまたま、年少クラスの講師が風邪で休んだそうで、響は年少クラスの代理講師となった。 「あ、響先生だー!!」 教室にはいると、子供達が一斉に響のもとへと集まって来る。 「久し振りだな。さぁ始めよう。席について。」 響が着席を促すが、子供たちは久し振りの響の姿に興奮してなかなか席につかない。 「困ったなぁ……」 子供たちに囲まれたまま、響はピアノの前に座り、陽気な音楽を弾き始める。 「あ!!おなべのうただ!」 おなべのうた。最近CMで良く流れる歌である。子供向け番組の歌のお姉さんが、熱々の鍋の画像の前で、鍋の魅力を歌う、というもの。主婦はもちろん、その歌手の人選より子供たちにも人気は絶大なのである。 子供たちは口々に『おなべのうた』を歌う。響は軽快に伴奏を弾きながら、 「あぁ、鍋、食べたくなってきた……」 と、呟いた。 授業が終わり、子供達が帰っていく。 「先生……またねー!」 「あぁ。風邪ひかないようにするんだぞ」 手を振りながら、子供たちを見送る。そして、職員室へ寄り、挨拶を交わして教室を出る。すると…… 「こんばんはー♪」 「お疲れ様です♪」 そこには、うたと奏がいた。 「……?」 突然の二人の来訪に、状況が掴めず言葉もでない響。 「いきなり美少女ふたりに迎えられて、言葉もでないですかー?にしし……」 そんな今日の様子を見て、いたずらっぽく笑う、奏。 「ほら、会うのは学園祭以来じゃないですか、私たち。メールとかはしてたけど。そろそろちゃんとお会いしたくて……」 うたがはにかむ。 二人の様子を見て、反応に困る響。 この雰囲気を変えたのは、言い出しっぺの奏だった。 「響さん、ちょっと付き合ってください!」
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