第1章  ピアニスト

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病室から外へ出ると、ふたりほど、響を待っていた。 ひとりは40代ほどの女性。何度も見る顔。 さくらを車ではねた『石神』の妻。 何度も響に金をもって謝罪に来ているが、響は受け取らず、面会すら遠慮するよう求めている。 そして、もうひとりは…… 初対面。 見た感じ、高校生だろうか? 細身で長い黒髪。整った顔立ち。 しかしその美しい顔立ちは曇って見える。 「こんばんは。どうかお話だけでも……」 女性が響を見るなり歩み寄ってくる。 響は女性の顔を見ようともせず、 「もう、来ないで欲しい。そう伝えたはずです。」 と冷たく突き放す。 「あ……」 何か言いたげな顔をするも、沈黙し、下を向く女性。響は女性を見もせず、背を向ける。 その時。 「待ってください!お話だけでも!」 女性と一緒にいた、高校生くらいの少女が、響を呼び止めた。 少々驚き、振り返る響。少女はその様子を見逃すことなく、言葉を続ける。 「悪いのは……父です。母は悪くない。お話だけでも、聞いていただけませんか?」 少女は、『石神』の娘だったらしい。その瞳に涙を溜めながら、それでも溢れないよう堪えながら、響に言葉をぶつける。 少女の熱意に、響は心が揺らぎそうになった。 しかし、さくらの様子を思い出すと、揺らぎそうな心が再び凍り付く。 「それでも……帰って欲しい。」 響は、絞り出すように言った。 「貴女達の事情がどうであれ、さくらが轢かれ、目が覚めない、そしてこれからの夢も希望も絶たれているのは……事実だ。貴女方が何と言おうと、それは変わらないし、金で解決できる話じゃない。」 ふたりの気持ちはわかる。だからこそ…… 響はふたりに背を向けて言った。振り返ってしまったら、ふたりの表情を見てしまったら、言葉や気持ちが揺らいでしまう、そんな気がしたから。 「失礼します。」 そんな響の背に、深々と頭を下げ、女性は立ち去ろうと歩きだす。そんな女性の背を、 「お母さん!」 と追っていく、娘。 響は、ふたりの足音が消えるまで、その場を動こうとはしなかった。 いや、その場から動くことが出来なかった……。
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