第2章 友のために奏でる旋律

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第2章 友のために奏でる旋律

「音楽がどうという理由じゃない。俺の未来に、ピアノが必要なくなったからだ。」 この男に憧れて、ピアノを始めた。 周りからは「ピアニストになるには遅すぎる」とまで言われたが、それでも努力を積み重ね続け、名門高校の音楽課へ進学した。 周囲からは笑われ、馬鹿にされた。 家庭がそれなりに裕福だったこともあり、『金持ちの道楽』と言われたこともあった。 これ以上ないくらいに火がついて、今までないくらいに本気に打ち込み始めたのに。 特退制度など当然、貰えなかった。だからこそを必死に勉強し学力を向上させるとともに、ピアノの技術を磨き、どうにか一般での合格へと漕ぎ着けた。 合格してなお、兜の緒を締めよ、と意気込んだちょうどその時、奇跡的に近所の音楽教室にあの『麻生 響』がやって来たと聞き、飛び込むように音楽教室に入った。 頑張りが報われた。頑張った私に、神がご褒美をくれたのだ、そう思っていた。 憧れの麻生 響にピアノを教えてもらえる日が来るなど、夢にも思っていなかった。 それなのに。 苛立ちを隠せないまま、教室を飛び出す。 才能がありながら、そしてその才能をいかす腕がありながら、高みを目指さない響が、たまらなく妬ましく、また羨ましく感じた。 玄関を出たところで。 ピアノの音。 ゆっくりと始まる、美しいメロディー。 自分も聴いたことの無い曲。 「オリジナル……?」 壁に寄りかかり、その曲を聴く。 涙が出てきた。 自分では決して作ることのできないような、複雑な、それでいて繊細な譜面。 決して自分の実力をひけらかすことなく、優しさと、いとおしさと、そして寂しさを醸し出す、その曲調。 「なにが未来にピアノが必要ない、よ……。こんなに素敵な曲が書けて、弾けるのに……!!」 悔しかった。 そして何より、嬉しかった。 もう、聴くことが出来ないと思い込んでいた、『麻生 響』の曲。 憧れたピアニストの旋律。 それを、どんな形であれ、こうして聴くことができたのだから。 そして、響の演奏を聞き、彼女の心に新たな火が点いた。 「絶対、辞めさせたくない。先生も、『あの子』も!」 音楽をやめてしまう、そんなことを話している人間が、彼女の近くには二人いる。 一人は響。そしいてもう一人は、彼女にとってかけがえのない親友。 そんな二人に、自分の未熟な力でどこまで想いを伝えられるのか、それはわからない。 だが何もしない、という選択肢は、少女の中から完全に消え去った。 音楽は、人に何かを伝えるもの。それを自分も今日の演奏から教わったから。 「……練習!!」 まだまだ響の曲を聴いていたい気持ちはあったが、少女は走り出す。 1歩でも前に、進むために。
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