7人が本棚に入れています
本棚に追加
星を見るためにわざわざお金を払うなんて、バカらしい。
どうせ会うのは今日で最後だから、今まで言えなかった本音を言ってしまおうか。
そう思ったけれど、僕は彼女が怒った時の鬼のような顔を思い出して、ぐっと言葉を飲み込んだ。
プラネタリウムのチケットを握りしめたまま、上機嫌で僕に最近起こったときめき事件を話してくる彼女だけど、僕は彼女が誰かに当たりやしないか気を配るのに必死で話そっちのけだった。
池袋はなん度来ても慣れない。
聳え立つ家電量販店、ティッシュを無理矢理押し付けるように配るアルバイト、馴れ馴れしい居酒屋のキャッチ……それら全てにエネルギーを無駄に消費されていくようだ。
人の多さに苛立ちを隠せない様子で歩いていると、僕を見上げて必死に話していた彼女が、急に立ち止まった。
「ねぇ、今日機嫌悪い? どうしたの? 折角大学受験も終わったのに」
彼女の黒いカラコンに、人相の悪い自分が映り込んでいる。
春も近づく三月半ば、僕らは進学校を卒業し、同じ大学に入学する予定だ。
長い受験を終えて、かつて味わったことのない解放感に包まれているはずにも関わらず、どうして僕がこんなにも不機嫌なのか。彼女が疑問に思うのも仕方がない。
あまり栄えていないラーメン屋の前に立ち止まって、僕は彼女が持っているプラネタリウムのチケットを見つめた。
『阿智村プレゼンツ! 日本一の星空体験特集』。
満天の星空に浮かび上がる阿智村の文字を指さして、僕は彼女の瞳を真っすぐ見つめた。
「ここへ戻るんだ、だから大学には行けない」
「え、なに、戻るってどういうこと?」
最初のコメントを投稿しよう!