Sign of Love

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「ごめんなさい、ご馳走になってしまって。傘にも入れてもらったし、仕事でもお世話になったし、こんなところまで付いてきてしまって申し訳ないのに」 「誘ったのは僕だから、本当に気にしないで」  次にわたしが言わなければならないのは、別れの言葉だ。「じゃあまた」と言い出せないたった数秒に、名残惜しさが募っていく。  もう少しだけ側にいたい。そう思う気持ちが伝わってしまうのか、坂巻さんも口を閉ざした。呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸を眺めながら、頭の中をぐるぐると巡っている、たくさんの言葉を飲み込んだ。  気まずい沈黙を破ったのは坂巻さんだった。 「……今日、佐倉さんと話ができてよかったよ」  思いがけない言葉に顔を上げると、真っ直ぐな目で見つめられた。 「最近ずっと悩んでたんだ。社内SEだとどうしても開発に入りにくいし、キャリアのためには、今のうちに情報システム専門の会社でもっと経験を積んだほうが良いのかなって。さっき、ベンチャーの友達の話したけど、仲良くなっていろいろ仕事の話も聞くようになると、余計に焦っちゃってさ」  憧れの人が、近い未来にいなくなってしまうかもしれない。突きつけられた現実に、ただ悲しくなるけれど、今の仕事じゃやっぱり坂巻さんには物足りないのだとも思う。
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