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舞台本番当日の朝、劇場へと集まって来た役者たちが口を揃えて、大杉の異変について言及した。
生気のない青い顔には、一晩で出来たにしては濃すぎるクマが浮き上がり、他者を寄せ付けない暗黒をそのまま纏ったかのようなオーラを漂わせている。
役作りと言えばそれまでだったが、これまでの大杉とは明らかに異なり、演者の誰とも目を合わせず口を利こうともしない姿は、異様としか言いようがなかった。
しかし、舞台の本番は大成功を収めたので、大杉の態度が大きく問題になることはなかった。
むしろ、大杉の『アドルフ』は稽古場での演技から比べると格段に精度が増していて、同じ舞台に立つ役者陣が圧倒されるほどだったこともあり、文句をつけようなどと考える者は居るはずもなかった。
だが、『アドルフ』の変化はここに留まる事はなかった。
千秋楽に向けて、一日……また一日と、凄みが増していく。
最も観客たちの目を惹いたのは、アドルフの最期のシーンである。
裏切り裏切られ、人生に疲れ切ったアドルフが自らの体に剣を突き立て、絶命するという――舞台『アドルフ』の最高の見せ場であると共に、最も演じるのが難しいシーンだ。
「『疲れた……もう嫌だ……。何故、俺だけがこんな目に合う? 裏切ったのは俺か? いいや、お前たちだ!』」
人生の何もかもに疲れ、嘆き、悲観したアドルフが高く剣を掲げると、観客は息を飲んだ。
無音の中、アドルフが己の体に剣を突き立てる。
一呼吸の後に、うめき声を上げアドルフは絶命する。
短いシーンではあるが、空気を支配するほどの濃密な狂気が、観客たちの胸を抉り、震えさせ、駆り立てた。
幕が下りたあとはいつも、スタンディングオベーションの嵐となった。
再び幕が上がりカーテンコールに立つ間、アドルフはいつも『また生き返ってしまった』と、頭の片隅で考えていた。
そんな時のアドルフの、憂いを帯びた佇まいに、ますます観客は熱狂したのだった。
そして迎えた千秋楽の当日――。
いよいよ、アドルフがその人生に幕を閉じる本当の最後となる、その日がやって来た。
この日舞台に立ったアドルフは、かつてないほどの静寂を耳にした。
空気が昏く、重い。
まるで身体に絡みつく様な闇が、ここにある。
アドルフは絶望していた。
自身を照らすライトの光さえ暗く感じるほどの、底知れぬ絶望だ。
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