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それは、幾度となく人に裏切られ、裏切り続け、己を愛し抜いてくれたはずのマリアまでをも死に追いやった後悔なのか、今なお沈まぬ怒りなのか。
今の今まで国を支配していた王は、家臣たちの裏切りにあい、閉ざされた塔へと身を隠す。
水を吸った泥人形のように重い足を引きずりながら階段を一歩一歩、登っていく。
彼の独白が、塔の中にこだました。
「『やはり俺以外の誰かなど、信じるには足りなかったのだ。いや、信じなかったからこその末路なのか。それとも俺を愛するマリアの命を奪った罰なのか』」
雷の音が轟くと、アドルフは口の端から笑いをこぼした。
「『ふ……ふははははは……! これが答えか! 神すらも、俺の死を望むと!? ああ、ならば奪えばいい!』」
低く嘶く空を見上げて、アドルフが階段の中腹に座り込む。
何かを悟ったような、諦めたような顔をしていた。
「『いや……その資格すら、俺にはないという事だ』」
いよいよ、クライマックスがやって来る。
「『疲れた……もう嫌だ……』」
呟いた言葉がコロコロと階段を転げ落ちていく。
アドルフは心底疲弊していた。
己の業に。罪深い人生に。
繰り返される『死』にでさえ。
『アドルフ』は、心底、疲弊していたのだ。
「『疲れた……もう嫌だ……。もう、終わろう。全てを終わりにしよう』」
アドルフは決断する。
自らの人生に、幕を下ろすことを。
真に迫ったアドルフの一挙一動に、観客たちは目を奪われていた。
アドルフが天を仰ぐと、その決意を後押しするかのような青白い月の光を模した照明が舞台を照らす。
いよいよアドルフが剣を掲げ上げる時だ。
「これが本当の最期だ」
吐息でさえも憚られるであろう無音の中、アドルフが己の身体に剣を突き立てた。
肉を突き刺す鈍い音が場内に響いたかのような錯覚に、多くの観客が身震いしていた。
アドルフがうめき声を上げると、彼が登って来た階段にゆっくりと血が滴り、冷たい灰色を真っ赤に染め上げた。
これまでにない演出に、小さく悲鳴を上げる者もいた。
やがてアドルフが悶絶の末に絶命すると、劇場内には、耳に痛いほどの静寂が訪れた。
ゆっくりと下がっていく緞帳の向こうにあるアドルフの死に顔は、観る者たちの心臓を鷲掴みにするほどの破壊力に満ちていた。
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