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緞帳が下がり切るのと同時に、劇場内は、文字通り割れんばかりの拍手に包まれた。
すぐに役者たちが舞台上に集まってくる。
ここからはカーテンコールが始まるのだ。
しかし、舞台の幕は二度と上がらなかった。
クライマックスを飾った塔のセットの中、階段の途中に横たわる形でアドルフ――……『大杉』は死んでいた。
大道具の用意した剣はプラスチック製で、刃先が丸い安全なものだ。
もちろん、体に突き刺す仕草も、実際には行っていない。単に身体を横に向けて、突き刺したように見せているだけ。
だというのに、大杉の腹部からは本物の鮮血が流れていた。まるで、聖痕そのもの。
吐き気を催すほどの鉄錆びの匂いに、アンサンブルチームの誰かが悲鳴を上げる。
マリア役の泉が階段を駆け上がり大杉を揺すったが、完全にこと切れていた。
次いで、異変に気づいた星崎が、顔面蒼白で舞台に駆け込んできた。
「星崎さん……大杉さんが……」
「うそ……お、大杉まで……? なんで、また……?」
聖女としてではなく、役者『泉』として涙を流す彼女の腕の中では、アドルフが安らかな顔を浮かべていた。
星崎は大杉の顔を前に、呆然と立ち尽くしていた。
繰り返される非業の生と死に疲れ果てたアドルフは、自らを死に至らしめた。
先に死んだのは、『アドルフ』であることを受け入れた大杉の脳だった。
脳が死を受け入れたことにより、彼の肉体に影響をもたらした事など、知りえる者は誰一人としていなかった。
己の死により、その名を演劇界に長く刻むことになろう事など、大杉自身もまた、知る由もなかった。
END
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