【不可避】

4/4
前へ
/16ページ
次へ
 緞帳が下がり切るのと同時に、劇場内は、文字通り割れんばかりの拍手に包まれた。  すぐに役者たちが舞台上に集まってくる。  ここからはカーテンコールが始まるのだ。  しかし、舞台の幕は二度と上がらなかった。  クライマックスを飾った塔のセットの中、階段の途中に横たわる形でアドルフ――……『大杉』は死んでいた。    大道具の用意した剣はプラスチック製で、刃先が丸い安全なものだ。  もちろん、体に突き刺す仕草も、実際には行っていない。単に身体を横に向けて、突き刺したように見せているだけ。  だというのに、大杉の腹部からは本物の鮮血が流れていた。まるで、聖痕そのもの。  吐き気を催すほどの鉄錆びの匂いに、アンサンブルチームの誰かが悲鳴を上げる。  マリア役の泉が階段を駆け上がり大杉を揺すったが、完全にこと切れていた。  次いで、異変に気づいた星崎が、顔面蒼白で舞台に駆け込んできた。 「星崎さん……大杉さんが……」 「うそ……お、大杉まで……? なんで、また……?」  聖女としてではなく、役者『泉』として涙を流す彼女の腕の中では、アドルフが安らかな顔を浮かべていた。  星崎は大杉の顔を前に、呆然と立ち尽くしていた。  繰り返される非業の生と死に疲れ果てたアドルフは、自らを死に至らしめた。  先に死んだのは、『アドルフ』であることを受け入れた大杉の脳だった。  脳が死を受け入れたことにより、彼の肉体に影響をもたらした事など、知りえる者は誰一人としていなかった。    己の死により、その名を演劇界に長く刻むことになろう事など、大杉自身もまた、知る由もなかった。 END
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加