『カレンダーに秘めた想い』企画

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 私はもう冷たくなってしまっている彼の手を握った。まるで人形のように関節は固くて、その手はいつものようには私のそれを握り返してはくれなかった。  ボロボロと、まるで何も受け入れられないままに涙を流す私は、もう既に現実に気付いてしまっているのは明確で、でもこんなにも受け入れたくないものがこの世にあるとは知らなかった。  机上には真っ白な封筒が行儀よく置かれていた。私はほぼ無意識にそれに手を伸ばした。封はされていなくて、静かな室内に紙の擦れる音がよく響いた。 『恐らくこれを一番最初に見つける君へ。君は今泣いているんだろうね。俺は毎日毎日、眠る前に君へ手紙を書くんだ。朝起きて、君にそれが見つかる前に破り捨てるのが俺の日課で、そうする度に生きていることのありがたみを噛みしめて、ひどく安心していた。君は知らないだろうけど、俺は君が思うよりも君を愛していたよ。病気のせいで君を幸せにしてあげられないのが辛かったよ。君も辛かったろうけど、俺も。でも突き飛ばしてやれなかった。俺のせいだ。悲しませてごめん。君は嘘かもしれないと思うだろうけど、毎日毎日君だけに遺書を書くのに、いつも書き足りなくて、次の日にはまったく昨日のものとは当てはまらないような内容を書くんだ。でも今回だけは、これが最後だって、俺にだって分かってる────』  私はこの場違いなほど静かな室内の空気を守るように嗚咽を抑えた。 『俺が健全者なら、俺が他の誰かだったら……。そう思うことは尽きなかったよ。でも君がいてくれたから、この世に未練なんて一ミリもないよ。あ、でもそれは嘘だね。君だけが、気がかりだ。君がいてくれたから、君さえ俺の側にいなければ、こんなに苦しんで震える筆を紙に這わせることなんてなかっただろうね。でも今日だけは、俺が世界で一番幸せ者だと思うんだよ────』  手が震えて、視界が歪んでどうしようもない。 『君は寝るのがいつも早いけど、俺は遅いから今天から降ってくる奇跡をこの目に焼き付けているよ。この手紙を書きながらね。だから、俺も懸けてみようと思うんだ。もしここで奇跡的に生き長らえても、ここから先は三日も四日も一週間だって、同じことだ。寧ろ余計に、辛くなる。だから、懸けるんだ。もしも俺が勝ったら、きっとこの先にも未来があるってことだろうから────』  私はコンセントの抜けた心電図を見た。
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