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暫く沈黙が流れて、お互い何を話して良いのかも分からなくなった。すると彼が唐突に口を開いた。
「知ってた? 東京でクリスマスに雪の降る確率は、ゼロパーセントなんだよ」
彼はどこか楽しそうにほんの少しだけ口角を上げていた。私は彼のその話に乗っかった。
「そうなんだ。じゃあホワイトクリスマスを私たちは過ごせないんだね」
「そうとも限らないよ」
彼は軽い調子で饒舌に話し出した。
「これは三十年間の統計なんだよ。百年間でやっていたら絶望的だろうね。でもたったの三十年間だよ」
彼は相変わらず細い縁に型どられた変わらぬ景色を眺めている。
「三十年間で、一度もクリスマスに雪が降らなかった。たったそれだけのこと。天気は気まぐれだよ。人間の観察能力なんて優に越えたところで彼らは千変万化している」
静かな室内に、彼の言葉はよく響いた。彼がどうしていきなりこんな話をし始めたのか、私は何だか嫌な感じがした。彼がまるで何かに操られるように、淡々と話すから。私はごまかすように俯きがちに笑った。
「何、いきなり……。どうしてそんな話をするの?」
“千変万化”。その言葉が、胸に引っ掛かる。
「俺はね、奇跡を信じる質なんだ。君からしたら意外だろう? 君は俺のことを論理的な思考の持ち主だと考えているだろうからね」
「別にそんな────」
「だからね。信じているんだよ」
彼のその押しの強い言葉が、瞳が、一心に私に向けられる。
「クリスマスに降水確率ゼロのこの東京に、もしも雪が降ったなら────」
その先の言葉が、私を貫いた。彼がそんなことを言う人だとは、思わなくて。
「…………まだ泣かないで」
彼は私の頬に手を添えた。ほぼ半泣きだった私をあやすように、彼は微笑んだ。
また、“時が止まった”。そう感じた。まるであの時とは真逆の言葉で。
私は堪えきれずに涙を溢れさせた。でも、それすらも吹き飛ばすほどの笑顔を彼に向けた。
「……信じようっ。私も、信じるから……」
人生で一番、嬉しい言葉だったから。
彼はまた優しく微笑んだ。
外には相変わらず静かで穏やかで、変わりのない風景がそこに横たわっている。
私は彼の手を再びぎゅっと握った。そしてそれに額を寄せる。
こんな風に彼といられる時間を、どうしようもなく愛おしく感じた。
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