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心電図の音が、聞こえない。
私は考えるよりも先に走り出していた。
ぶわっと胸から競り上がる感情よりも先に顔が歪む。追いかけるように涙がこぼれた。
こんなの、嘘だよ…………。
慌てているからか、荒々しい行動のせいか、色んなところに体をぶつけながら私はベッドに辿り着いた。彼はいつもの通りに、寸分のずれもなく、まるで昼に微睡むような穏やかな表情で、仰向けにそこに横たわっていた。私は病人に対して遠慮もなしに布団の上から彼に縋り付いた。
「雪斗、雪斗……!」
手が震えるせいか、彼の体を揺する私の腕に力など殆ど入っていなかった。
「ねえ、何してるの? もう朝だよ。起きないと……」
でも彼は目を覚まさない。私はまざまざと胸のなかに広がるこの感情のやり場が分からなくて、尚更表情は顕著に感情を映し出した。
「嫌だよ、嘘だよ、信じないよ!」
私はもう力任せに彼の体を押した。
「だめだよっ……!」
目を、開けて────。
「雪斗っ!」
あり得ないよ。嘘だって、冗談だよって、早めに言わないと怒っちゃうんだから────。
「起きてって、言ってるじゃん!」
ふとベッドの傍らにある心電図を見るとその画面に波形は移っていなかった。真っ暗な画面が、窓から入り込む雪景色を反射する。
元を辿ると、コンセントが抜けていた。
言葉にならない焦燥と、喪失感と、拒絶に、身体が引き裂かれそうだった。
「雪降ったんだよ、奇跡だって起きたんだよ。この東京で、確率ゼロに数字がついたんだよ」
なのに、なのに。こんなことあっていいはずがない。
雪斗が言ったんだよ。
『クリスマスに降水確率ゼロのこの東京に、もしも雪が降ったなら──』
俺にだって、奇跡が起きるさ。
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