第一章 邂逅と後悔

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 捕まえた男、奥田を後部座席の右側に乗せた。もちろん、後部座席は内側からドアや窓が開かないよう切り替えてある。  リムジンのように改装した車内では向かい合わせに座れるようになっていた。阿久利は奥田のはす向かいに座った。  街中を巡り、そのまま三十分。建物がまばらになってきた。恐らく街の反対側の郊外まで出たのだろう。車はそのまま走り続ける。  その間、阿久利は奥田の質問をずっと待っていた。  しっかりと用意していたのだ。 『何を聞かれても無言で通そう』、と。  しかし、その期待が叶えられる気配が全くない。  「何を聞かれても無言でいる」と「何も聞かれないので無言でいる」のでは立場が全く違う。  前者は質問する側に対して威圧の意味を持つ場合があるが、後者は「聞かなくてもわかる」「聞いても意味が無い」「聞いたところで動じない」という事になるので立場が逆転し、質問する側が上になる。  なぜ私がこんなにジリジリした気分でいるのだろうか。どう考えても私のほうが優位に立っているはずなのに。阿久利は理不尽な気持ちで溢れそうになっていた。奥田にはある種の余裕すら感じられる。もちろん、憮然とした態度なのは間違いないのだが、拉致誘拐されているにも関わらず自分の身の安全が保証されていることを確信しているようなそんな雰囲気が出ている。  ちなみにこの場合の「憮然」は、正しい意味と間違った意味とが入り混じっている。  つまり「驚いてぼんやりしている」という言葉本来の意味と、「腹を立てている」と言いたい場面でよく使われてしまう誤用と、だ。
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