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「……あの……何故、何も聞かないんですか……?」
とうとう阿久利の方がしびれを切らしてしまった。『あの』と切りだしてしまい「しまった」と思ったがもう遅い。そのまま「~ですか?」と、敬語で締めてしまった。無理矢理にでも「聞かないんだ」とタメ口で締めるべきだったのだ。
これで上下関係が付いてしまった。
この先、私に挽回する余地は多分ない。変にタメ口に戻すとどうやっても違和感が拭えない。その違和感は確実に「私が焦っている」という事を示してしまう。確証はないが『この男はそれに気づく』だろう。阿久利はそれらがなんとなく解ってしまった。これから先の事を考えるとなるべく対等にありたがったが、もう、どうしようもない。
奥田はというと窓からずっと外をみていた。こちらの様子を伺ってすらいない。
なんだというのだ。
確かに外の風景から何か情報を得ようとするのは大事だが、そんなことより確実に情報を集める方法があるだろう。
ただ単純にこちらに話しかけ、聞き出せばいいのだ。それをしないというのは、ある意味で「職務放棄」だ。人間にはその立場から必ずやらなければならない行為が存在する。
たとえそれが「ロールプレイ」だと解っていても、だ。
村の入口にいる老人は何回話しかけても「ここはナパの村じゃ」と言わなければいけないし、戦地に赴く兵士のひとりはロケットペンダントを見ながら「帰ったら結婚するんだ」と言わなければならないし、殺人犯は崖の上で過去を長々と語らなければならないのと同様、この男は激しくわめきたてなくてはならないのだ。
阿久利はだんだんと、怒りに似た感情に支配されてきていた。
そしてその矢先、奥田が阿久利に目線を向けた。とうとう、質問をしてきたのだ。
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