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緊急戦闘配備。
俺はまな板の上に置かれた包丁を、奴に向けて投げつける。
勢いよく投げ飛ばされた包丁はタマネギを貫き、床にまで貫通する。
しかし、奴の体を捉えられない。
奴は飛翔し、寝室に飛び込んだ。
「逃がすかよォッ!」
玄関まで向かって靴べらを手に取り、そして寝室に俺もまた飛び込む。
あろうことか奴は、俺の純白のシーツの上に居た。
「よう、待ってたぜ」
低音イケメンボイスでそう語りかけてくるかのような佇まいに、俺の憎悪の炎は燃え上がる。
「死に晒せ虫けらがァッ!!」
渾身の力で振りかぶり、奴目掛けて振り下ろす。
しかし、ここでまたしても声が聞こえた気がした。
「いいのかい?ここで俺を殺ったら、お前のシーツを俺色に染め上げることになるぜ?」
全くその通りだった。
その言葉は俺の動きを止めた、幸いにもヤツの数ミリ手前で靴べらは止まった。
しかし、ここで俺は考える。
ヤツがシーツを蹂躙している時点で、既に染め上げられているのではないかと。
ならば此処でヤツを仕留めた所で、何も変わらないのではないかと。
「……ナメるなよ」
俺はそう呟き、ニヤリと笑う。
そしてもう一度振りかぶり、ヤツを睨みつける。
「現代の漂白剤を、ナメるなよオオオオオッ!!」
先程より威力を増した靴べらが、ヤツに振り下ろされる。
しかし、ヤツの姿は既になく、ボフリとシーツの悲鳴が響き渡るだけ。
「こっちだぜ、兄ちゃん」
また、低音イケメンボイスが聞こえた気がした。
いや、イケメンボイスというよりは酸いも甘いも噛み締めた中年の男性だけが奏でられるダンディズムボイスのほうが近いかもしれない。
正直そんなことはどうでもいい話だが。
「テメェ……俺のソウルにまで脚をかけやがったな!」
ヤツは今、俺の給料3か月分の薄型ハイビジョンテレビの画面に居座っていた。
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