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ゆっくりと距離を詰める。
ヤツは動かない。
じっくりと、こちらの動きを観察しているようだ。
「いいのかい?俺を潰せば当然、このテレビはオシャカだぜ?」
やめろ。
ダンディズムな声で俺を惑わすな。
しかし、実際テレビは高い買い物だった。
一週間は雑草を齧っていた過去を、俺は忘れてはいない。
しかし、俺にはやらねばならない使命がある。
殺らねばならぬ宿敵がいる。
「いくぞ、G!」
「そうだ!それでこそ我が宿命の敵だ!」
俺は叫びながら靴べらを振り上げる。
そして、ヤツに向かってフルスイングをぶちかます。
どんな音がしたかなど、覚えていない。
画面が砕け、煙が出るほどだから、凄まじい音がしたのだろう。
「残念だったな、兄ちゃん」
「何ッ!?」
現実か妄想かも分からないダンディズムボイスに気付き、振り返る。
そこには、残酷な羽音を奏でながら飛翔するヤツの姿があった。
「そん、な……。じゃあ俺の、俺のソウルは……」
「犬死だな。どうする?犠牲を恐れこのまま蹂躙されるか、それとも犠牲を厭わず抗うか。選択の時だ、我が生涯最大の、敵よ!」
ヤツの声が、脳裏に響く。
確かに、ヤツを認めれば俺のソウルは死ななかった。
ヤツを無視していれば、多少不快かも知れないがソウルは生きていた。
俺のソウルは、もうそこに何も映さない。
「……殺るさ、勿論殺るさ。これまでの犠牲から目をそらすなど、俺には出来ねぇな!」
「そうだ!それでこそだ我が敵よ!さぁ来るがいい!挑め、我が神速に!」
ヤツは縦横無尽に飛び回る。
その動きを捉えようと、俺は靴べらを振り回す。
ラジオが破壊されようと、カビンが吹き飛ぼうと、洗濯機を引っくり返そうと、全てを無視してヤツの命を狙った。
そして、日付変更線を過ぎ去って数時間ほどが経過した。
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