ケサランパサランへようこそ

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 人の一生は幸福に出逢うための、長い旅かもしれない。  見果てぬ先に何があるのか。  永遠に想いを馳せても、今日を生きた轍は風に吹かれる。  黙して歩みゆく力をください。  求めても満たされない、私は哀れな夢追い人。 「疲れた…もうイヤだ…」  眼下の錆びた線路を見て、独りつぶやく。  陸橋の下を這う線路は、煌びやかなネオンが瞬くビル群に繋がっていた。  そこには私の勤める会社もある。  ただ前を向いて、がむしゃらに生きてきた。  見返してやりたかったんだ。でも誰に?  痩せた心で見栄を着ていると、いつかは破れてしまう。  男手ひとつで娘を育ててくれた父が他界した。  1年前である。その葬儀の途中で会社に戻った。  それから梁を失ったように、張りつめていた心が崩れた。  身体ばかりか心まで磨り減っていく。私は錆びた線路だ。 「……幸せになるのが夢だったのに」  心ともなく口から言葉がもれた。  それもあえなく電車の騒音で掻き消える。  その強風に煽られて、ふと反対側の宙に眼を向けた。 「あれは……?」  都会のうすい夜闇に、ふわふわと浮かんでいた。  それは白い綿毛みたい。風に逆らい宙に浮いている。  線路の反対側から漂って来て、ふわりと目の前で止まった。 「これって…ケサランパサラン…?」  昔に祖母が見せてくれたものにソックリだ。 “ケサランパサランは、幸福を運んでくるのよ”  桐の箱から見せてくれた、まるでウサギの尻尾のように白い毛玉。  幼い頃に祖母の家で垣間見たものが、いま目の高さでかすかに揺れている。
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