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「みんなにはきみが見えないの?」
ケサランパサランが、ぴょいぴょい跳ねる。
(会社まで着いてくるのかな)
そんな疑問を浮かべていると、顔の前から白い綿毛があらぬ方向へ流れていくではないか。
「ちょっと、どこへ行くの?」
小声で囁いても、ケサランパサランは無視する。
ふわふわと会社に行く反対車線に漂っていく。
「そっちにきみの住処があるの?」
同意するように、ゆらゆらと揺れた。まるで手招きをしているみたいに。
私は躊躇した。もう行かないと会社に間に合わない。
でも夢で聞いた声が甦る。
“さあ、旅に出掛けよう”
電車のドアが閉じた。
胸が高鳴っている。信じられずに周りを見渡す。
頭を垂れて懺悔する群れと、逆に流れる電車に乗ってしまった。
目の前でケサランパサランが揺れている。まるで弾む鼓動にあわせるように。
「すみません。今日休ませてください」
課長に電話した。
実家の急用だと言い訳して、頼まれていた資料を転送する。
「困っちゃうんだよね困っちゃうんだよね」
はじめて聞く課長の言葉。そうだろう。入社から今日まで、無欠勤で課長の面倒を見てきたのだから。
「あっ、トンネルに入るので電話切りますね」
耳にしがみつく声を振り切る。くすりと笑みが湧いた。
白い綿毛も可笑しそうに弾む。それを共有するように、また笑いが込みあげた。
1人の女子高生がこちらを見ているのに気づいた。
忍び笑いをしている私を怪訝に思ったのかな。
「その子、お姉さんのですか?」
大人しそうな女子高生が訊いてきた。どこか私に似ている。
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