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「子どもの人権110番ですか」
「それも良いが、役場の福祉課や民生委員と密に連携をとり子どもを守る体制を──」
「でも大丈夫みたいです。あっ、もう電車が来たので切りますね」
また白い綿毛が揺れるので、別の電車に乗り換える。
どこまでもケサランパサランについていく私だ。
「ご旅行ですか?」
また声を掛けられる。今度はお爺さんだ。
「ええ、ちょっと小旅行に」
「それは素敵ですね」
お爺さんが鞄を開けると、絵の具入れの箱にケサランパサランが隠れていた。
「お爺さんもですか。私は迷子のこの子を返しに行く途中です」
私が説明すると、お爺さんが柔和な笑みを浮かべる。
「自分は八木です。これから樹を見に行くのですよ」
「私は木村です。樹を見にですか……」
「トチノキの巨樹なんですよ」
八木さんが誇らしげな表情をする。
「それはそれは雄大な樹でね。樹霊を強く秘めている荘厳な姿なのですよ」
八木さんが大仰な手振りで説明する。
「でもね、昔に妻と来た時には近くに寄れなかった。怖かったんですよ」
「樹が…怖い…?」
「怖かった。その巨きな威厳に、生命力の塊に圧倒された。自分の生きてきた人生が矮小なものだと無言で示されているみたいで、心の芯から震え上がった」
「それならなぜ?」
「3年前にね、妻が他界したのですよ」
「奥様が…それはご愁傷様です」
頭を下げる私を、八木さんが苦笑いで制した。
「自分は怖じけた巨樹を、妻は近くで見たかったと悔やんでいました。だからね、見に行きたいのですよ」
「奥様の供養ですか」
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