7人が本棚に入れています
本棚に追加
「あなたこそ、奥さんは大丈夫なの?」
心にも思っていないようなことを訊くと、職業癖が出てしまう。相手の耳障りにならないような優しい口調。
「あいつは鈍感だから大丈夫。飲み会とか適当に言っておけば誤魔化せる」
彼の口からほのかにたばこの匂いがした。女性はその匂いが嫌ではなかった。むしろ、どこか落ち着くような気がする。夫がヘビースモーカーだからだろうか。
「最低ね」
女性は視線を落として呟く。
「それはお互い様だろ」
その言葉に女性は思わず笑い、そうねと返す。
男性の手が離れていくのを感じて、女性は目をつぶる。また、始まる。目的はもう彼と会っている時点で、成されているのに。また、罪を重ねる。
女性は体を預け、男性の思うままに押し倒される。体がまるで誰かに操られているのではないかと錯覚する。
ベットの上で男性と目が合う。
「私ね、昔仲良かった友人に彼氏を奪われたことがあるの……あれは……辛かったな」
「なにそれ?」
「ううん、なんでもない」
体は火照ってきているのに、心はすごく冷え切っている。自分でも、なぜ彼にあんなこと言ったのかわからない。
彼の顔は次第に近づいてきて、たばこの臭いが口の中に広がっていった。
最初のコメントを投稿しよう!