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「それからは、色々とやったわ。エステに通って、夫から魅力的に思ってもらうために肌をきれいにしてもらったり、夫のストレスが溜まるような要因を排除したりした。でも、それが逆効果だったの。エステ代は高く弾み、彼のストレス軽減のために買ったアロマも家計を蝕んだ。気づいた頃にはボロボロだった。私も家計も」
美里はファイルを取り出し、ペンを動かし始めた。麻衣は美里が書き終わるまで待っていようとしたが、美里は「続けて」と言ったので、麻衣は口を開く。
「それから、夫の不倫の影がどんどん濃くなっていったわ。もう、彼は私のところには帰ってきたくないのだろうなと思うと、苦しかった。一人でこの状況をどうにかしなくてはと思えば思うほど、体が自分の言うことをきかなくなっていったの」
美里はペンを置き、腕を組んでいた。何かに考えを巡らせているようだ。
「夫が怒ったり、文句を言ったりしてくれたほうがまだ、気持ちは楽だったかもしれない」
美里と視線が合う。
「麻衣はなんで、旦那さんが不倫しているってわかったの?」
至極当然の疑問だった。でも、気になって訊いたという感じがしなかった。今までとは違った意味が含まれている、そんな気がしてならなかった。
だから、事実ではなく偽りを選択した。麻衣は唾を飲み込み、口を開こうとした瞬間だった。
「守秘義務があるから、誰にも漏らさないよ。それに、どんなことであっても拒絶はしない」
まるで心を見透かされているようだった。ここで、嘘を言ったところで意味がないと、言っているように美里は微笑んでいる。
「見かけたのよ。夫と知らない女が歩いているところを……」
さっきよりも、美里の相槌が少しだけ大きくなる。やはり、美里も原因が夫の不倫にあると思っているようだ。
「あの人は真面目な人間だと思っていたから、まさかって感じだった。女の顔も暗くてよく見えないし、その日は散々だったわ……」
麻衣は目を細める。彼は飲み会に行くと言っていたから、何も疑っていなかった。たまたま、買い忘れたものを買いに出たときに見かけてしまった。
それまで、浮気や不倫という言葉は無縁だと思っていたのに。
「それで、ホテルなんかに入っちゃうんだから、もうおかしくなってしまいそうだったよ」
麻衣は声を押し殺すに言った。
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