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 女性は暗い一室から東京の街並みを眺めていた。眠らない都市と言われているだけあって、深夜の二時をまわっていてもなお、光が飛び交っている。 「ねえ、そんな窓際にいると裸見られちゃうよ」  女性の肩に男性の手が触れる。大きくゴツゴツとした指先が、冷え切った体を温める。いつからだろうか、こんな自然に受け入れられるようになったのは。 「大丈夫よ、ここ六階だし。それに見られたって構わないわ」  向かいのネオンの光が二人の顔を照らす。互いの息遣いだけが室内に響く。 「旦那さんは大丈夫なのかい。もうこれで、四回目だけれども」  男性は女性の肩口から手を滑らせ、前に持ってくる。そして、女性の体を抱きしめた。温もりが背中から伝わり、女性は体の力を抜く。 「大丈夫よ。彼は呑気に生きているから。私みたいな真面目な人間がまさかこんなことをしているなんて思いもしないでしょうし」  女性はそう言うと、目を細めて遠くを見つめた。別に愛情に飢えているわけでも、刺激が欲しいわけでもない。ただ、彼女に思い知らせてやりたかった。自分の大切なものを奪われることの苦しみを。
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