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「……一体、何が……」
「大丈夫?」
祐一がゆっくりと歩み寄ってきた。
「な……何とかね」
亜由美は、目だけ祐一に向けた。
「さっきのは何なの? あんたは一体誰?」
「質問が多いね」
祐一は肩を竦めた。
「僕は高梨祐一で、さっきのは亜由美の『お父さん』になるはずだったモノ」
「お父さんになる、モノ?」
「そう。亜由美から貰う思い出から創り出すはず、だったんだけどね」
祐一は天を見上げた。
「亜由美は『現実』を選択したんだね」
「現実……? 選択……?」
「亜由美のお父さんとその思い出。悲しく、辛い、苦しい現実。人間が選択するのは『実態』じゃなく『現実』なんだね」
──現実。
亜由美は自分の手を見た。
そこには数粒の砂がこびりついていた。
それを見て初めて、自分が砂地にへたり込んでいる事を知った。
──そっか、これが現実なんだ。
亜由美は立ち上がった。
そして祐一に向き直った。
「そう。あんたが何者なのかは分からない。どうやってお父さんと会わせてくれるつもりだったのかも分からない。でもこれだけは言える」
「うん」
「お父さんの思い出は、あんたの言う通り辛いし苦しい。それに悔しい。でもこれが現実。私とお母さんは、それを受け止めて一〇年間生きてきた。でもそれはお父さんそのものなの。何物にも替えられないの」
「あんた、じゃなくて祐一」
「え?」
亜由美は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。話題が急に飛んだからだ。
「名前だよ。高梨祐一。僕の名前」
「ああ、ええと、祐一ね。そうね」
「亜由美お姉さんの言う通りだと思うよ。さっき亜由美お姉さんが『お父さん』を選択したら、その思い出はきれいさっぱりなくなる。でもそれは違うんだよね、きっと」
「そう。違うわ。私のお父さんは、思い出も一緒じゃないとお父さんじゃない」
「うん、理解したよ。ありがとう、矢作亜由美さん」
そう言うと祐一は、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間。
祐一は姿を消していた。
「え? ええ? ええええええ!」
亜由美は何が起こったのか理解出来ない。
慌てて回りを見渡すが、公園には自分以外誰もいない。
にわかに遠くから雑踏が聞こえ初めた。さっきまであった静謐な雰囲気が消えていた。
見回すと、公園の古びた照明灯たちは、何事もなかったかのように明滅していた。
世界が戻った。
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