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「……一体何だったの……」
亜由美は呆然と立ち尽くした。
今まで起きた事は一体何だったのか。
今までそこにいた少年は一体どこに行ったのか。そもそも本当に『そこ』にいたのか。
急に現れて急に消えて。
いくら考えても分からない。理解出来ない。
その時救急車のサイレンが遠くから聞こえた。
その音で亜由美は、この世界が『現実』なのだという事を思い出した。
現実に戻った亜由美は、早速短気ぶりを発揮した。
「何だったのよ、アイツは!」
言いたい放題で大事な思い出を掻き乱され、亜由美の心の奥底まで入り込んで。
亜由美はスカートについた砂を乱暴に払い落としながら悪態をついた。
だが亜由美の表情は、その言葉と裏腹に穏やかだった。
「っとに変なヤツ。まぁ、でも、お礼言いそびれちゃったな」
一〇年前の今日。
父が亡くなった日。
ずっと蓋をしてきた辛く苦しいその思い出は、それもひっくるめて私のお父さんなんだ。
──思い出させてくれて、気付かせてくれて。
「ありがとう」
亜由美は誰にともなく呟くようにそう言った。
*
「聞こえてるけどね」
高梨祐一と名乗った少年は、宙から公園を見下ろしていた。
「変なヤツとは失礼な。でもまぁ、収穫はあったかな」
そうかい?
「あったさ。人間の思考。思い出の先にあるモノ。思い出から生じるモノ。面白いね、人間って」
見つかりそうかい?
「んー。まだだね。でも、喜怒哀楽を思い出に閉じ込めて、それを抱き続ける。これって膨大なエネルギーが必要だと思う。人間って凄いよね。どんなことでも『思い出』という『カプセル』に入れて持ち続けることが出来るなんてさ」
ふうん。そういう見方もあるかな。
「そうさ」
でも、まだ足りないんだろう?
「そうだね。まだ足りない。これだけじゃ人間を理解したとは言えないよ」
少年は再び指を鳴らした。
少年はその姿を消し、夕闇が辺りを支配した。
ブランコ担当の照明灯は、亜由美が公園から出ると同時に、静かにその使命を終えた。
まるで、亜由美がここに来て去るまでの間を見守っていたかのようだった。
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